第97話 無人の浜の木函
こんど3人で食事でもしようね、と約束して、
ネメシアとコニファーはアマリリスを見送った。
外はとっぷり暗くなり、早帰りどころか、いつものアマリリスの帰宅時間よりも遅くなっていた。
しかしアマリリスに疲れはなかった。
新しい閃きを得た人に特有の軽い興奮状態で、まばゆい街灯に照らされた坂を下っていった。
橋の先には市電の車両が、ヘッドランプで鉄路をきらめかせながら、多くの人が乗る明々とした空間を運んでいった。
それは奇妙に現実味を欠いた視覚で、まるで街全体が魔法にかけられているように思えた。
でもまぁわかっている、魔法にかかっているのは多分あたしのほうだ。
この日出会ったのが同胞の女性一人だけだったら、アマリリスは結局、この宗団と距離を置いたままだったろう。
故郷ウィスタリアはアマリリスにとって、忘れることは出来ないにせよあえて思い出したくはない、
そんな記憶を詰め込んで、閉ざすすべもなく、無人の浜に置き捨てられている木函のようなものだった。
ラフレシア、過去には一度横断したはずのアマリリスにも実感が難しいほどに、広大なその国土のどこかで、
世界のあちこちの国で、――そしてきっとカラカシスでも、今日も戦われている戦争。
できれば、そんなことは考えずに済ませたかった。
コニファーは、アマリリスの、そういう類の過去に結びついた存在だった。
せっかく、マグノリアという、過去から完全に切り離され、幸いにして現実世界の現在とも無縁な都会にいるのだから、
自分のような根無し草も大勢いる、まるで空に浮かんだ球形都市のような不思議の街に住んでいるのだから、
せめてここに滞在している間はその魔法にかかっていたい、架空の未来だけを見ていたい。
ネメシアは、そういう魔法の未来を司る存在だった。
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