第96話 汎き世果報#2

世のみなの幸せ、負を取り除く。


「”負”だったら何でも、なんですか?

たとえば、絶対ゼッタイなものが見つからなくて泣いている子とか、

どうしていいかわからない仕事を背負い込んじゃって、苦しんでる若い管理者さんとか、、、?」


ネメシアは小首を傾げて訊ねた。


「――それって、もしかしてルッピぃ、

もといルピナス・ロペジアくんのことかな?」


アマリリスの顔がパッと赤くなった。

それは、思いもよらない言い当てをされたからだったが、

ネメシアは違うように受け取ったらしい。


「うぉぅ、ごちそうさま❤

エェよね、彼。

そうねぇ、ああいうヘタレ自家発電やろうに肩入れする事業は、、ねぇわー。

ってうそうそww


そうねぇ、そのものズバリってのはまだないかもだけど、

働きすぎで身体を壊したり心を病んじゃう人を減らす事業なら。。


あたしの主務ね、壮健局って、健康を守って元気で働こうぜってビジョンの局なんだけど。

今は医学がすごく進歩したから、昔なら助からない病気でも治療ができるようになってきて、

素晴らしいことなんだけど、それってものすんごくお金かかるわけよ。


そんで、もしも病気になった時、のための壮健模合っていうのが作られるようになってきたわけ。

知ってる?若いから病気なんて実感ないかもだけど、入っといたほうがええよ。

模合の会員が毎月少しづつお金を出し合って、ためといて、

会員の誰かが病気や怪我をしたら、模合が治療費を出してあげます、ってそういう仕組み。


なんだけど、カン違いしてる人もおってさ、

模合エェわー、これで大病しても安心やわーー😊、

って違うでしょ、っての。

確かに模合が治療費肩代わりしてくれるけど、それって死なずには済む、ってな話で、

一度ダメになってもうた身体は、もう元通りの健康体にはならんのよ。


だったら、そもそも病気にならないようにしたらええやん?

病気になってから治療にお金使うより、健康で居続けられることにお金使うほうがずっと利口やん。

そしたら本人がハッピーなのはもちろん、雇ってる会社も病気で社員を失わんで済むし、

模合もアホみたいに高い治療費払わずに済んで、みぃんなハッピ~~♫


ってわけでホレ、企業さん、模合さんお金出しなはれ、って集めたお金で、

会員の健康状態を分析して、おおごとになる前に病気の芽を摘むとか、

いかにも病気になりそうな生活――働きすぎとか、暴飲暴食とかね、そういうのやめようね❤

みたいな啓蒙活動をしたりしてるわけ。


言うほど簡単じゃないんだけどねーー。

効果が見えづらいとか、どういう分析をしたら病気を防げるのか、試行錯誤のことも多くて。


・・・とかべらべら喋っちゃったけど、

リルちゃんが感じてるルッぴい絡みの負は、そういうハナシじゃないんよね。

ごめんね、そこんとこの”答え”は、ウチにはまだないと思うわ。」


「いいえ、全然です。」


そうか、”まだ”ないのか。


それは失望ではなく、ドキドキするような希望だった。

なぜならネメシアの話は、ブルカニロ博士の出した例題のひとつ、塵咳者の救済という問題の答えになっている、少なくともこの時のアマリリスにはそう思えた。

「言うほど簡単じゃない」、手段や方法の段階で完全はなくても、そもそも病気にさせないというのは、まぎれもない正解のアプローチだ。


仕事は人に苦労を強いるものだから、とか、

世の中に絶対ゼッタイはないのだから、とか、

”現実自身の撞着”に囚われると、その苦しみは手の施しようがないもののように思えてしまう。


だから人類皆の幸せ、なんて大風呂敷は、それこそ錬金術みたいな画期的革新を待たなければと考えがちだが、

実はこういう、ひとつひとつは何気ない試みの積み重ねで達成できるものなのかもしれない。


今は”まだ”答えのない、人の世の苦悩のひとつひとつに。

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