第94話 在マグノリア・ウィスタリア人融和作業部会#2

フロアの一隅の応接スペースで、コニファーは、

様々なパンフレットや冊子を代わる代わる示しながら、

真に情熱を傾けるものを持っている人特有のひたむきさで、”作業部会”の活動について語った。


カラカシスで経験したことは似たようなものであったにもかかわらず、

アマリリスと違ってコニファーには、その記憶の苛烈さを鮮明に保つことが、現在的な使命であり、未来に向けて掲げる旗印はたじるしであるようだった。


民族を襲った災厄がいかに悲惨なものであり、迫害者が卑劣で残虐であったか、嬉々として語るコニファーに、

無理もない、無理もないのよ、と心の中でいたわりの言葉をかけながら、

一方で、ある種の露悪趣味であるように感じられてならず、

そんなことは説明されなくても知っている、と遮りそうになる衝動をこらえるのに、正直苦労した。


”ウィスタリア人融和作業部会発行”のレタリングからして素人の仕事とわかる、

良くも悪くも手の温もりを感じる資料のひとつがアマリリスの目を惹いた。


[季刊誌 ピスガ]


――ピスガ

ピスガ・ジェベル


『知ってる??

ピスガ山、ってトレヴェシア海沿いの山なんだけどねっ。

タマリスクから武器をぶん取ったウィスタリア人が立てこもって、

軍隊相手に戦って、コテンパンにやっつけちゃったの!

すんごくない!?

しかも最後は、全員が無事に脱出したんだって。』


『・・・知ってる。』


あの運命オワタ山の、その前も最中も後日談も全部ぐだぐだの経緯いきさつが、

当事者以外にも、そんな語り草になっているなんて。


それにしても、”コテンパン”とか、”全員無事”とか、そんなもんじゃなかったな。。。



ページをめくれば、ヒルプシムや、彼女と同じく岩山の露と消えた同郷の友達が現れてくるような気がして冊子を開いたが、当たり前だがそんな筈はなかった。

中身は、ラフレシアの方々に離散したウィスタリア人の論客たちが、”カラカシスの離散”について、

ウィスタリアの歴史、国民、その崩壊について述べ立てた論説集のようなものだった。


民族意識の低下、個人主義の台頭、他民族との断絶、国際情勢への無関心、、

そういう難しい言葉の羅列で、今はなき祖国を思い思いに分析し、批判し、愛おしげに撫で回している。

そして民族の絆の象徴として”ピスガ・ジェベルの四十日”の伝説を称賛し、

不可視の士師のもとに集え、と呼びかけていた。


キズナってウィスタリア語・・・そういう使われ方をする言葉だったっけ。

そして”不可視の士師シシ?”って、誰だよ。


ウィスタリアあるあるの、暑苦しさにせ返るような議論は、ある意味なつかしくニヤリとするところもあったが、

著者が必死に煽り立てようとする民族意識とか共同主観とか、とかとかをアマリリスに呼び起こすものでは、やはりなかった。


それよか、気になってるのは。


『ありがと、懐かしかったわ。

おいとまする前に、部長さん?さっきの人とちょっとお話できる?』


『ネメシア部長と??

わかった、呼んでくるからちょっと待っててね。』

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