第91話 マグノリア初級師範学校#2
達成への志向、意識が高いゆえの危うさ。
「教育の分野も、以前に比べるとずいぶんと理論の体系化が進みました。
昔は教師が各々に自己流で授業をして、学習の成果の良し悪しも、教える側と教わる側の素質次第、のようなところがあったんですが、
現在では指導要領ひとつをとっても、良質で詳細なものが作られるようになりましてね。
一定の方法論に従っていれば、誰もが良き教師となれるようになってきているのです。
その弊害、と言ったら言い過ぎでしょうが、
現代っ子の学び手は、最善の唯ひとつ以外は全て駄目で、あってはならないものと考えてしまう傾向があります。
効率と確実性を重視するのはいいのですが、最良の効率で最上の結果を得られなければ失敗したと思い、不確実であれば挑戦を取りやめてしまうのです。
例えば調べ物で、何か本を読んでみたとしましょう、
自分の知りたいことが、狙い通りにその本に載ってなさそうだと気づいた途端、時間をムダにしたと嘆き、本を閉じてしまう。
今すぐは役に立たなくても、折角読んだ本から得たものを大事に思うことも、
本当に得るものがなかったとして、それならそれで、そのことを確認し終えた自分に満足を感じることもありません。
そんな彼ら、彼女らが好む言葉が”
わたしは
ひどく深刻な様子で訊ねてきます。
そして、この世に”絶対”というものはないが、自分を信じて今できることを頑張ればきっと叶うから、
そう言って宥めようとすると、悲嘆に暮れて泣き出してしまう子もいます。
希望が叶わなかった自分を想像して悲しんでいるわけではありません。
絶対の保証がない中で、不確実な未来に挑まなければならない今の自分が不安で、悲しくてならないのです。
教育も、そして人生そのものも、不確実の連続であって、回り道や、本意ではないことがつきものです。
それを受け入れた上で、果敢に挑戦し、堂々と失敗する、失敗に挫けず何度でも挑戦する、そういう姿勢を身につけるのではなく、
ただ効率だけを追求し、絶対確実なものに縋ろうとする、
これでは、いずれ自分の生徒を教え導く者としていささか心もとない。
もっと、現実の非効率や不確実性を受け入れる度量を持った大人に育ってもらいたいと思うのです。」
なるほど。
状況と、コレオプシス先生の課題感、そして熱量はよくわかった。
言ってることはご尤もで、一理も二理もあると思う、
その一方でアマリリスは、そこに微かで、漠然とした違和感をも感じていた。
この人は正直で本気だし、正しいことを言っている、けれどそれが全てだろうか。
現実自身の撞着、っていうやつ。
人類がまだそれを見つけていないってだけで、絶対はゼッタイにないと、逆に言いきれるものだろうか?
あたしだって願う、たとえば、ファーベルとヘリアンには”
その願いを、現実には不確かな願望なんだよって冷笑することが、本当に大人になる、ってことなんだろうか。
とはいえ今は、ものの見かた考えかたを議論する場じゃない。
あたしの仕事は、コレオプシス先生のイメージに合う本を探し出すことだ。
「そういう、おおらかな人になってもらいたいわけですね。
そうすると、う~~ん、アレですかね。
子ども時代は落ちこぼれで、99回失敗した末にやっと1回成功したぞ!みたいな発明王の伝記とか。」
「いわゆる偉人伝の類は、本校の図書館も取り揃えているのですが。
どうもスケールが大きすぎるのか、感嘆はしても、自分ごとに重ねて見るのは難しいようなのです。」
なるほど、そりゃそっか。
「本校の司書教諭に持ちかけても、やはり既存の蔵書や、学校図書館に一般的なものが基準になりますのでね。
大学図書館であればより高い視点から、私どもが思いも寄らなかった推薦を頂けるのではないか、とも期待した次第でした。」
おぉっと、さりげなくハードルを上げてきたぞ。
参考業務としても、なかなか難度は高めだ。
大学内から届く依頼票は、ほとんどの場合に具体的なキーワードを含んでいるから、それを手がかりに探せばいいけど、
今回の手がかりは、コレオプシス先生の課題感、イメージというもの。。
アマリリスは、時間がかかるかもしれないが、必ず調べて連絡します、と約束し、
コレオプシス教諭の熱量のある感謝に見送られて、マグノリア初級師範学校をあとにした。
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