第90話 マグノリア初級師範学校#1

大学正門前から市電に乗り、途中2回の乗り換えを経て、ジェビチ=スクロナフ霊廟にほど近い、最寄りの停留所まで。


不案内な方角だったのと、前のめりが昂じた勇み足で路線を間違えたあげく、最寄りの停留所から道に迷ったりして、

アマリリスが目的地の門に駆け込んだのは、ブルカニロ博士が取りつけてくれた先方との約束を、5分あまり過ぎた時刻だった。


”マグノリア初級師範学校”ってどっかで聞いた名前だな、と思いつつも、

遅刻したことが気が気でないアマリリスは、守衛を矢のようにせっついて取り次ぎさせ、

案内の鈍くさい足取りにイライラした末に、応接室に通された。


建物全体と同様、古びた、年代の染み込んだような匂いがする部屋だが、

靴裏に厚みを感じるカーペットに、座るとお尻が沈み込むクッションのソファ、重厚な書棚に置かれた、負けじとどっしりした置時計と、結構しっかり、ガチな来客用の応接室。

あたしお客なんだな、ブルカニロ博士のお使いだとしても。

その認識もまた、アマリリスに今一段の緊張を強いるものだった。


さらに5分ほど経過して現れた相手、

色黒で顔のパーツのひとつひとつが大きく、大型のイタチ科動物を連想させる押し出しの男は、

跳ね上がるようにして立ち上がり、しきりに遅刻を詫びるアマリリスに最初押され気味だったが、

気が済むまで喋らせ、お互いの自己紹介が済んだところで、落ち着いた物腰で、アマリリスに改めて椅子を勧めた。


「こちらこそ、こんな分かりにくい場所にご足労願った上に、お待たせして申し訳ありませんでした。

ご多忙の中、まさか今日の今日にお越し頂けるとは夢にも思わず、感激しております。」


よく通る声、一言一言に聞き間違えようもない力の籠もった発音に圧を感じる。

大胆で横暴なまでの高飛車、でありつつ根は小心なアマリリスは、遅刻の負い目をいまだに頭から追い出すことができず、

言葉は慇懃でも、内心ではダメ人間の烙印を押されているんじゃないかと、おもねるような上目遣いで相手の、

この学校の主任指導教諭をしているという、コレオプシス氏の顔色を窺った。


ぎょっとするほど大きな金壺眼は、身じろぎもせずに正面からこちらを見つめてくる。

それを見てむしろ安心した、この人は本音で話をする人だ。

言ってることは言葉通り受け取っていいし、その通りに受け止めるべき、そういう人だ。


安心したところでペンとノートを取り出し、早速本題に入った。


「ブルカニロ博士のお話では、青少年の・・精神鍛錬?のための本を、ということでしたけど。

具体的には、どういう・・・」


「左様、本校は初等学校教員に特化した教員養成学校でして。

ご相談申し上げたいのは、本校の生徒たち自身、つまり、

彼らがいずれ教育することになる児童の、というよりは、

教職を目指して日々苦心する生徒たち自身の心の支えとなる蔵書を拡充できないか、

と考えているのです。」


初等学校の先生――やっぱりそうだ、ここ、ファーベルの通ってる学校じゃん。

ファーベルのことを知っているか、聞いてみたい衝動に駆られたが、

仕事の本題をプライベートな雑談でぶった切ってはいけない。

今はこの先生の話に集中、集中。


で、そういう先生になる生徒(なんかヘンなのw)の”心の支え”というと。


「やっぱり、アレですか。

ぜんぜん勉強しないダメ人間くんの、やる気スイッチ探して押しちゃうぞ、

みたいな本をお探しということで??」


コレオプシス教諭は、これまたよく通る声でわっはっは、と笑って言った。


「そういうおおらかな生徒なら、私どもも教育が本業ですのでね、心得たものなのですが。


あいにくと申しますか、本校の生徒のほとんどは、実に真面目です。真面目で、勉学にも熱心です。

中等教育機関の中でも、教員養成という目標指向性の高い学校ですし、

農村部からの入学者の多くは、特待生として授業料免除、奨学金を支給されて学んでいますのでね。

なんとしても夢を叶えたい、目標を達成しなければ、という志向の強い生徒が自然と集まりやすいのですよ。」


そりゃそうだよな、

自分だって初等学校を卒業したばっかでもう「初等学校の先生に、あたしはなる!」って将来設計の完成度、意識の高さ。

あたしだったら「勉強したくな~ぃ」とか言ってプラプラしてそう。

やっぱファーベルはすげぇわ。


「ところが、目標が明確で、何としても達成しなければ、という姿勢ゆえの脆さ、あるいは危うさと申しますか。

むしろ、もっとおおらかに自分の目標に取り組んでくれればと思うのですが、達成への志向が強いが故に、些細なつまづきを深刻に捉えて前に進めなくなってしまう、

特に近年、そのような問題を内面に抱えている生徒が増えているように感じられてならないのです。」

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