第88話 陰極管ディスプレイ

マグノリア大学附属図書館 本館3階。

大型複写機や、気送管の終端装置の並びに、共用の電算端末が4席設けられている。


アマリリスはその1席に座り、マニュアルと画面と手元に視線を行ったり来たりさせながら、

おぼつかない手つきで鍵盤タイプを操作していた。


彼女がキーを打ち込むごとに、円形の陰極管ディスプレイには文字や記号が、儚い幻影のような揺らぎをまとって現れ出る。

輝度の高い画面から眼を保護するために、アマリリスは偏光板の入った眼鏡をかけ、その表面には煌々と光るディスプレイの形が丸く写り込んでいた。


図書館の全蔵書情報を収録し、紙の、膨大な索引と格闘しないでも、指先の操作で図書の検索が行える新時代の機械。

しかし、慣れない者にはその操作は難解かつ煩雑であり、今も、アマリリスが使っている他の3席は空席にして、相客が現れる気配もない。


アマリリスもこれまでは同僚と同じく、見慣れない機械というだけで敬遠してきたのだが、

ルピナスが、製罐工場で設計作業の電算化を計画していた、という話がヒントになって、

ひょっとしたら職場に革新をもたらすかもしれない異形の装置を、触ってみようかという気になったのだった。


試しに、「ウィスタリア」で検索してみよっか。

え~と、なになに、、(マニュアルをしばし読み解き)このちょっと幅の広いキーと一緒に”Ѭ”を押し込んで、”入力モード”?にしてから、

ウ・ィ・ス・タ・リ・ア・・・

んで、、このでっかいキーを、Enter❢


おぉ~、出てきた出てきた。。。

検索結果:647件、ってそんなに!さすがは極東最高学府の書庫。

ウィスタリアの歴史や地理、ウィスタリア語に関するタイトルが目につく中、ウィスタリアの料理、なんて本もある。

中には、去年出版された本もあって、”カラカシスの離散”というタイトルが痛々しく目に飛び込んでくる。


・・・次は「トワトワト」いってみよう。

ん~と、まずは表示クリア・・・幅広キーと”Ѿ”を押して、、おお消えた消えた。

んでまた、”入力モード”にして、、(めんどくさっ

ト・ワ・ト・ワ・ト・・・ Enter❢


検索結果:38件、って、少なっ!!一応は自分のトコの領土なのに、どんだけ無関心なんだよw


じゃあ次は、「魔族」で、、

おっと、キー押し間違えた。

んん゛!?なんかヘンな画面に切り替わっちゃったぞ。


焦って適当にキーを叩いてみるも、ディスプレイの表示は意味不明・制御不能な挙動をするばかり。

どーーしよ、こんな時どうしたらいいか?なんてマニュアルに書いてないよ。。。


ディスプレイを冷却するファンが低く唸る中、

電算端末席の隣にある気送管から空気の漏れる音がして、「キンッ」というような鋭い音とともに、

運搬カプセルが受信トレイに吐き出されてきた。


耳慣れないその音が少し気にはなったものの、今はそれどころじゃぁない。

思うにまかせない機械と格闘する=傍目には、この忙しい時に電気仕掛けのオモチャで遊んでいるようにしか見えないアマリリスの背を、

通りがかりのジュリアンが若干白い目で眺めながら、カプセルをピックアップしていった。


カプセルを開封しながら自席のほうへ行きかけたが、ジュリアンは引き返してきて、

「あ゛ぁ」「お゛ぅ」とか呻き声を上げるアマリリスに、封入物を差し出した。


「はい、ヒメ

ご指名よ。」


「ほぇ?あたし??」

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