第69話 お祝いとその返礼#2

「前に、どうしてもやりたいことがあってマグノリア大に入った、って言ってたじゃないですか。」


「ええ、言いましたかね。」


言ったかもしれないが、よく覚えているなとルピナスは驚いた。

概して記憶力の弱いアマリリスのほうがそれを記憶に留めていたのは、

ルピナスに対して関心を持っていたことが理由のひとつ、

もうひとつには、そのルピナスが、彼にしては珍しく強い表現で語った言葉だったからだ。


「天文学をやりたかったんです。

まぁ、、叶わぬ夢だったんですけどね。」


「天文学、って望遠鏡でお星さまとか見るやつ?」


「そう、そういうやつです。」


「え~~、ロマンチックですねぇ。」


アマリリスはトワトワトで幾度となく見上げた、満天の星空のことを語った。

時に1週間以上も続く雨に吹雪、それがなくてもトワトワトの1年の大半を占める曇天に、

束の間訪れる、空気の澄んだ夜。

そこに輝く星々や銀河は、今にして思えば、迷える心の導き手――

いや、導いてはくれなかったな。せいぜい見守り手?だったのかもしれない。


「それは凄い。

いいなぁ、僕はずっと都会暮らしで、そこまで綺麗な星空は見たことがないんですよね。」


「なのに、お星さまの勉強をしようと思ったんですか?」


「そうなんです、考えたらなんだかおかしいですねw

僕としては、星というよりは、宇宙のこと、

この宇宙の構造は一体どうなっているんだろうか、とか、

宇宙はどんなふうに始まったんだろう、とかいうことに興味を持ちましてね。」


「あ、知ってます!”開闢カイビャク閃光センコウ”から始まったんですよね。」


てっきり、アマリリスは何も知らないだろうと決めつけていたので、小さな子どもを相手にするような言い方をしていたが、

そんな学術用語が飛び出してきたことに驚いた。


「そう、です。よく知ってますね。」


「なんかそういう、科学の講義で教わりました。」


”気が向いたときの日課”、5講目のもぐり受講が、こんな形で役立つとは。

アマリリスは一生懸命に、薄れつつある記憶を手繰った。


「その時の光が、何だっけ、、目に見えない光?になって、今でも夜空そらを飛び交ってるとか、、

そうなんですか??」


「ええ、普遍背景照射のことですね。

照射の性質を調べることで、宇宙の初期の状態を知ることが出来たり、

宇宙の進化についての理論が証明されたこともあるんです。

まさに、そういう研究がしたかったんです。」


しかし、その希望は叶わなかった。

ルピナスと同じ憧憬を抱いて入学する学生は多く、天文学教室は成績優秀な学生を集める狭き門となっていた。

一方でルピナスは、大学にはどうにかこうにか入学したものの、

その難解さのあまり講義についてゆけず、自分が何をやっているのかも理解しないままテストやレポートに翻弄され、

付け焼き刃の策を弄して辛うじて落第を免れるという、典型的な凡才大学生だった。


「えー、ルピナスさんみたいに頭いい人にも難しいって。

大学の勉強って、ホントに厳しいんですねぇ。」


「どうも。。

そうですね、僕の頭では、周回遅れでついていくのがやっとでしたよ。」


謙遜しながらも、自分ではそれは嘘だと分かっていた。

講義が難解なのは、ほとんど全ての学生にとって同じこと。

それでも必死の努力でそこに食らいついていく気概を、自分は当初から欠いていたのだ。


それにしても、”頭いい人”と言い切れるほど彼女は俺のことを知っているつもりなんだろうか。

しかしアマリリスは、自分の言葉を素直に信じているようで、そこにお世辞や追従の含みは一切なかった。


天上の世界、夢への扉を閉ざされた後のルピナスは、これといった拘泥もなく流されるままに進路が定まり、

地上の物質、金属材料の物性をつぶさに調べる、工学系の比較的地味なコースに進んだ。

そこで、金属片に力を加えて破断させたり圧潰させたりといったことをしているうちに、卒業の年を迎えていた。


入学の年に思い描いていた自分が手に入らなかったことを、ルピナスは今では悔いてはいない。

人間には、知的な能力や才能より重視するべき資質がある。

彼がそれを知ったのは、大学を卒業して社会に出た後だった。


それははじめ大きな喜びであり、後には苦い慚愧の記憶でもあった。


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