第68話 お祝いとその返礼#1
「誕生日祝い」はルピナスの予測の中に、いくつにも形を変えて現れたが、いずれも非現実的としか思われないもので、
きっとアマリリスはその場の空気で考えもなしに口にしたまでで、本人は言ったことを忘れているだろう、という結論に達していた。
そして自分が一時でも、そんなことにつらつらと想像を巡らせていたことに気づいて、気恥ずかしく、後ろめたいように思った。
だからアマリリスがちゃんとそれを覚えていたことがまず予想外で、プレゼントまで用意してくれていたことには驚いた。
「お口に合うかどうかわかんないですけど。。
あたしの国ではメジャーなお菓子なんですよ、お祝いの時とかに食べるの。」
もちろん美味しく、何より不思議な味だと思った。
ボレアシア文化の影響が強い現代ラフレシアの発想ではまず出てこない味覚だ。
遥か砂漠の彼方のオアシスの街で、鮮やかな民族衣装に身を包んだ人々が、
強烈な日差しを遮る葡萄棚の下で、こういうお菓子を食べながら、お茶や水煙管を嗜んでいるのだろうか。
こうしてラフレシア人の間に紛れていても注目を集めずにおかない美少女ではあるが、
そういう風景の中でこそ、アマリリスの美しさは引き立つのかも知れない。
ともあれ、こんなおっさんが年下の女の子にお祝いをもらって嬉しそうにしているって、やっぱり気恥ずかしいものだ。
祝われ手の胃袋に消えるまでは高々数分。
けれどここまでされて、ご馳走さまの一言で済ませるほど、ルピナスは物を弁えない人間ではない。
食に疎い彼なりに、乏しい語彙から引き出した最大限の賛辞とともに、返礼としてアマリリスを食事に誘った。
まさしく狙い過たず、アマリリスもそこで遠慮して見せるほど奥ゆかしい人間ではなかった。
「わー、サフィニア料理だなんて、あたし初めて。
なんだかお気を使わせちゃってすみません、お高いんじゃないですか、ここ?」
「いえいえ、意外と安いんですよ。」
それは嘘、というか言い方というもので、実際のところそこそこの値が張る。
しかし、毎月の給料が貯まる一方で使い道の乏しいルピナスのこと、こういう出費なら金も喜ぶだろうというものだ。
少なからず心を動かされたプレゼントのお返しに、学生食堂はありえないし、
お互いに行きつけとはいえ、山猫軒というのも芸がない。
さりとて絵に描いたような高級店というのも、気張りすぎて滑稽だし、、
一考したルピナスが選んだのは、大学からは車を拾って十数分、閑静な住宅街の中に建つサフィニア料理店だった。
かつてラフレシアでも、首都クリムゾン・グローリーでは宮廷文化華やかなりし頃。
巨大な国土と莫大な富の蓄積はあれど、野蛮な田舎帝国との劣等感も強かったラフレシア貴族からは、
ボレアシア中枢の、文化と教養の先鋒として盛んにもてはやされていたサフィニア。
ファッションも料理も、挙げ句の果てには言語まで、サフィニアのものなら何でも取り入れていたというのだから呆れたものだ。
貴族文化は過去のものとなって久しくとも、そしてラフレシアといってもこんな極東の地にまで、
何かと「お高く」とまったサフィニア崇拝は、こうした形で名残を留めている。
その中ではこの料理店は、比較的に肩肘張らない雰囲気の店だった。
やたらと余白の目立つ皿にちんまりと盛られた料理、だが、
アマリリスはその見栄えに目を輝かせ、味わっては舌鼓を打っている。
喜んでくれているようで何よりだ。
――それにしても。
こうして2人で食事というのは、何と言うかその、いわゆるデートみたいだな。
先日のリュシマチアとネメチアとの会話、レストランディナーとそのメインディッシュがどうとかいう話題が蘇ってきて、
ルピナスは雑念を頭から追い出そうと、別の話題を持ち出した。
「こうやって、一皿づつ運んでくるスタイル、
ラフレシアで始まったらしいんですよね。」
「え、そうなんですか?
サフィニア料理なのに??」
「はじめは、一度に作って全部テーブルに並べてたそうです。
そのほうが豪華に見えますからね。
でも、ラフレシアって寒いでしょう、すぐに料理が冷めてしまって。
それで、客が食べるのに合わせて一品づつ作っていくようにしたんだそうです。」
「へぇ~~、おもてなし精神ですねぇ。
てかルピナスさん、物知りっ。」
「そうでもないですよ。」
食に疎く、自国の文化にもなおさら興味の薄い彼が、このエピソードを記憶に留めているのは、
そこに顕れた、顧客に寄り添い、その満足のために創意工夫を凝らす精神を見て取ったからだった。
それは彼が考える、職業人としての他に代えがたい資質だった。
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