第65話 ウィスタリア人のハルヴァ

これは、なかなか。ほほう。


オーブンから取り出したときの映え具合も、試食の味も満足のゆく仕上がりだった。

自分が”考えもなしに”言ったことに、散々思案した甲斐があったってもんだ。


アマリリスが出した答えは、故郷ウィスタリア伝統の製法を下地に、

舶来の木果ベリーというアレンジを加えたハルヴァだった。


多くのラフレシア人には馴染みの薄い食べ物だが、このハルヴァというお菓子は、

カラカシスと、周辺のタマリスク、コルムバリアはもちろん、遥か東方の熱帯の国から、

西は海を隔てた砂漠の果ての国まで、言語も風習も跨った広大な地域で食されている。

土地によって製法も様々、プディングに近いものから落雁のようなものまで、

見た目も味覚もまるで別のものが、それぞれの国でハルヴァと呼ばれているわけだ。


そしてウィスタリア人のハルヴァとは、バターと蜂蜜を入れた小麦粉の生地に、

ピスタチオにアーモンド、松の実といったナッツを練り込み、表面には各種のドライフルーツを乗せてオーブンで焼き上げた、

クッキーとパウンドケーキの中間のような食べ物だった。


すずかけ村を離れて以来の味覚・視覚に重ねて、

ブルーベリーの藍、クランベリーの赤、それらの酸味が、斬新なアクセントになっている。

これを、材料と一緒に買ってきたラッピングに入れて、可愛いリボンを結べば、

うんっ、お店で売ってたっておかしくない、どころか、一般的な価格で売ったら採算割れで商売にならないだろっていうゴーカな誕生日プレゼントの出来上がりっ。


これなら女子力満点、胃袋から掴みに行く効果もアリ。

押しつけがましさもないし、ルピナスさんは食べるの初めてだろうから、意外性もある。


やばい、ちょっとドキドキしてきた。

予想以上の出来栄えにテンションが上がってるっていうのもあるが、

男性に手作りのものを食べさせるということの、ウィスタリア人にとっての意味を意識したせいだった。


古式ゆかしいウィスタリアの価値観では、未婚の娘が異性に料理を振る舞うのははしたないことだとされる。

そういうことをしていいのは、夫に決まった男性に対してだけ、というわけだ。

古くさい、どころかバカバカしい価値観だと思う。

結婚してからオマエの手料理口に合わない、てなことになったらそのほうがサイヤクじゃないか。


ウィスタリアに居た頃、プチ不良ギャルのアマリリスなら、そんなカビの生えた価値観など一顧だにしなかっただろう。

けれどラフレシアに来て、ウィスタリアのそんな伝統なんか知るわけもないルピナスに、故郷のお菓子を食べさせようとしている今。

あたしだけが知っている、その意味。


ルピナスさん、美味しいって言ってくれるかな。

ドキドキしてくれるかな。

してくれるといいな、恋はきっとその延長にあるのだろうから。

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