第64話 他のどの男とよりも

消費の殿堂にして小売店の女王、百貨店ゴスチヌィ・ドヴォル


天井から壁から、時には足元から、まばゆい光線を投射してくる照明。

これでもかと華美を競い合う内装に、声高に存在を主張しまくるブランドのロゴ。

そして四方八方から押し寄せる、物、モノ、物。


初めて足を踏み入れたヘリアンサスは面食らい、化粧品売場では香水の匂いにむせ返りそうになるが、

アマリリスは慣れた足取りで、五感を翻弄する物質と情報の奔流の中を泳ぎ抜けていく。


『せっかく買ってもらうなら・・・

今の時期は、羽織りものより、あったかい部屋着とかほしいかな。』


セレブリャノエ=サズベジェ有数の大規模百貨店の容積の、実に3分の2以上を占める婦人服売り場の中で、

アマリリスが足を向けたのは、若い女性向けの下着や寝具、バス用品などを扱う店が集まる一角だった。


目の毒とはこのことかという、どぎつくきわどい品揃えの下着店の前を過ぎる度に、いたたまれない思いを味わう弟をはべらせて、行ったり来たりすること2~30分。


『うん、決めたっ。

ヘリアン、コレ買って。』


アマリリスが選んだのは、深い紺色の起毛生地の、パーカータイプとズボンの室内着の上下セットだった。


『え、そんなんでいいん??』


てっきり、手前の売り場でイヤというほど目にした、きらびやかでいかにも高そうな服を買わされるのかと。

そして、相応の持ち合わせはあるのだが。


『弟の大事な稼ぎを、そーんなモッタイない使い方させないわよw

これがいいの。

部屋、地味に寒くってさ。』


『そっか、、お姉ちゃんの部屋、暖房ついてないもんね。

だったら電気ストーブでも買ってく??』


『大丈夫、大丈夫。

去年の今頃なんて、冷凍庫臨海実験所で寝袋生活だったんだから。』


”高給取りのお役人さん❤”の役どころとしては拍子抜け、何なら物足りないヘリアンサスだったが、

このモコモコ服が姉の肢体を柔らかく包み、自室でぬくぬくと過ごさせるのだと想像するのは悪くなかった。


プレゼント包装というわけでもなしに、包んでもらった品物の袋はヘリアンサスに持たせ、

颯爽と百貨店を出たところで、アマリリスは後からついてくるヘリアンサスを振り返った。


『むふん。』


『?

どしたの??』


『べつにぃ~~❤』


にやにやと自分を眺め回す姉を、ヘリアンサスは気味悪そうに見ている。


前にも思ったけど、結構カッコいいのよね、仕事着のこの子。

これがデートだったなら、双方それなりにめかし込んでくるところだけれど、

そういう軟派心の微塵もない、仕事帰りですけど、何か――?っていう感じでシュッとしている。

そしてあたしの方は、何しろ相手ヘリアンだし、至っていつも通り、

何ならいつもよりラフな格好っていうのも、ちょっと気恥ずかしいような。


こういうのもいいなぁ、お試しというか冷やかしで会ってみた、他のどの男とのデートよりもしっくりくる。


『ふふっ。手とか繋いじゃう?』


『いやいや、なんで!?』


『えー、いいじゃんよ。ほら。』


そう言って一方的に腕を絡めてくる。

ヘリアンサスは居心地悪そうに身を捩ったが、振り払おうとまではしなかった。


神妙な面持ちのヘリアンサスを引っ張り、こんどはあたしの買い物に付き合って、

と連れて行ったのは、先ほどとは別の、小ぢんまりした百貨店――

いや、百貨店のような重厚さと風格がある店構えの、食料品を専門に扱う商店だった。


地下に2フロア、地上に8フロアのビルディングの、上層2フロアのレストランを除く全てが食料品売場であり、

生鮮品から保存食、物珍しいものから定番まで、世界各地ありとあらゆる食材や飲料が集結しているかのようだ。


しっかし、世界中から取り寄せた、にしてもだ。

世の中にこれほどの種類の味覚があるということに、驚くというより呆れるヘリアンサスに対して、

彼よりもマグノリアに住んで日の浅いはずのアマリリスはここでも、勝手知ったる様子で品物を選んでいく。


小麦粉、バターに蜂蜜、アーモンドや胡桃といったナッツ。

そしてアマリリスがこの店に来た一番の目当ては、マグノリア広しといえど、この規模の専門店にしか望めない品揃えのドライフルーツだった。


『干しイチジクは欠かせないな。

アンズも、あんた確か好きだったよねぇ。』


ウィスタリアではありふれた食材、けれどひどく懐かしく思えるということは、ラフレシアではほとんど目にしたことがなかった。

パッケージに印字されている産地も、遥かな故郷の近傍が多い。

干しイチジクはプルメリア産、レーズンとアンズはタマリスク産。

タマリスク産って、ラフレシアとは戦争中なのに、一体どういうルートで仕入れてるんだろう??

思わず、ウィスタリア産のものがないか探してしまったが、流石に見当たらなかった。


『へぇ~、木果ベリーのドライフルーツだって。

これは初めて見るね。』


アンズのオレンジのほかは押し並べて色彩に乏しい、中近東方面のドライフルーツの間で、

ブルーベリーの藍色、クランベリーの紅色が鮮やかに目を引く。

トワトワトで、秋口にこんな果実を山ほど摘んで、ファーベルがジャムを作ってくれたっけ。

北国の物産なのだろう、ブルーベリーはカメリア産、クランベリーは北ボレアシアにある国の産だった。


『甘っま!でもって、すっぱ。

あー、砂糖使ってるんだね。』


試食品を口にしたアマリリスが、感想とともにパッケージの原材料表示を確認する。

故郷で作られるドライフルーツは、ふんだんに注ぐ陽光で果物自身が蓄えた甘みを、乾燥によって凝縮して作るものだった。

北方では、発想としてはジャムの延長、甘味は人工的に添加するものなのだ。

甘味と、爽やかな酸味が同居する味覚は、カラカシスに留まる限り味わえないものだったに違いない。


『よし、これも買おう。

どんなのが出来上がるか、楽しみだね。』


もしかして、

いや、もしかしなくても、何か作ってくれようとしてる?オレに?


視線に気づいたアマリリスがこちらを見て、

かるく吹き出して言った。


『まったく、どんだけ物欲しそうな顔してるんだかw

心配しなくても、あんたの分も作るわよ。』


あんたの分

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