第60話 悪魔同盟の童女#1

時刻は午後5時30分、1年の最終日を明日に控える日、外はすでに真っ暗だった。


依然電燈に明々と照らされているが、ほかに誰もいなくなった教室で1人、ファーベルはこの日出た課題、児童指導論のレポートに取り組んでいた。

いつもならこの時間には下校しているところだが、今日は6時までと時間を決め、学校で仕上げてしまうつもりでいた。

しかしどうにも捗々はかばかしくない。

このぶんだと、あと30分では終わらないかも。。


テキストの活字を懸命に追い、レポートの文章をどうにかして編み出しながら、

ファーベルの脳裏では、先日の教育実習の3日間が、夕陽を浴びて揺蕩たゆたう海面のようにきらめいていた。


”ファべちゃん先生!”


”ファベちゃん先生、あのね・・”


”ファベちゃん先生、〇〇くんが・・”


藤色のスモックを着た子供たち、初等学校低学年の児童たちが、わらわらと寄り集まり、てんでにファーベルに話しかけてくる。

一人ひとりの話を聞いてやり、返事をするだけで手いっぱい。


ファーベルが幼く見えるのに加え、師範学校の制服が彼らのスモックに似た仕立てであること、

一方で黒の生地というところが、親近感と程よい距離感を両立して、”ファべちゃん先生”がすんなり受け入れられることに一役買ったようだ。

自分が”先生”付けで呼ばれるのは何とも、こそばゆいような、誇らしいような、不思議な未知の感覚だった。


楽しかった、というのが率直な感想であり、ファーベルもそう信じていた。

ファーベルが彼らと同じくらいの幼い頃、クリプトメリアの知り合いに、当時のファーベルより年上の子どもが3人いる家族があり、

郊外のダーチャで遊んでもらって、とても楽しかった記憶がある。

その時と全く同じ楽しさ、そして今はわたしがお姉さん。


そうか、わたし、この楽しさを分かちあいたくて、先生になろうって思ったんだ。

それを知ることが出来たのも成果の一つであり、大きな喜びでもあった。


そんな、大わらわのファベちゃん先生の、実習2日めが終わろうかという頃だった。


マグノリア近郷のこの初等学校では、かなりの遠方から通っている児童も多く、

そういう子は放課後、親兄弟が乗り物(たいてい馬車)で迎えに来るのを待っている。


1人、また1人と、迎えが来て、

”ファベちゃん先生、さようなら!”

”さようなら、また明日ね。”

の挨拶をして送り出し、かまってもらいに来る児童も少なくなってきた時。


「「ファベちゃん先生せんせい」」


呼びかけに振り返ると、残る2名の女子児童が並んで、ファーベルを見上げていた。


この2人が自分に話しかけてくるのは、ちょっと意外だった。

いつも2人だけ、他の子とは交じろうとせず、教室の隅っこでひそひそ話をしたり、本を読んだりしている。

1人ぼっちだったら心配になるところだが、2人だし、他の子と仲が悪いわけでもなさそうだ。

きっと2人だけの世界があるのよね、と判断して、ファーベルは干渉せずにおいた。


それだけに、2人の側から話しかけてきてくれたのは嬉しく、

”ファベちゃん先生”は飛びつくようにして、膝を折って2人の前にかがみ込んだ。

そうすると、ファーベルも小柄なので、今度はファーベルが少し2人を見上げる格好になった。


「はい。なんでしょう。」


2人は互いに顔を見合わせて頷き合い、左の子が尋ねてきた。


先生せんせいは、すきなひとはいますか」


意表を突かれる質問だった。

児童に対して”先生”が答えるべき質問だろうかという気もしたが、

女の子だし、そういうことに興味があるのよね。

そして答えるならあくまで正直に。


「いますよ。」


言ってから、頬にじわっと熱が集まるのを感じた。

2人は再び頷き合ってから、今度は右の子が


先生せんせいはそのひとと、せっくすをしましたか」

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