第56話 この、犯罪者!

”ルピナスさんだ”


小脇にコートを、もう片方の手に伝票を挟んだクリップボードを持ち、

若干の戸惑いを浮かべて自分を見下ろしているアマリリスに対面して、

ルピナスは平静を取り繕った表情の下で、高速に記憶を手繰り寄せていた。


――大丈夫、聞かれてまずいようなことは直接口にしていない。

どちらかと言えば、今この瞬間が取り繕いすぎてわざとらしいことぐらいか。


「ああ、こんばんわ。

山猫軒こんなとこでお会いするなんて、偶然ですね。

よく来られるんですか?」


わざとらしさが出ないように意識して、にこやかに応じると、

アマリリスも安心したように笑顔を見せた。


「ええ。

肉料理おいしいですよね、ここ。」


ネメシアが、リュシマチアのネクタイを掴んでいた手をパッと離し、2人揃って振り向く。

アマリリスの肩越しには、彼女の背丈を追い越してしばらく、という風体の少年が顔を出した。

おや、デート中だったかな。


「あ、弟のヘリアンサスです。

(少年の方を向いて)職場図書館のかた。ルピナスさん。」


ああ、弟ね。


「ども、姉貴がお世話になってまーす。」


「いえいえ、こちらこそ。」


アマリリスはリュシマチアとネメシアに会釈している。

ネメシアは、百点満点の良妻という風情の会釈を返し、

リュシマチアまでもが、慇懃にお辞儀している。

口ぶりはオラついていても、なんだかんだこういうところに育ちの良さが出るものだ。


こっちの連れこいつらは、、紹介するまでもないかな。

こういう時の距離感の測り方は、なかなかどうして、判断に迷う。


アマリリスの視線がルピナスに戻ってきた。


「寒くなりましたねー、今晩あたり、雪降りそう。」


「そうですね、もう年末ですしね。」


「・・・」


「・・・」


マグノリアの雪。

もう年末、つまりじきに年明け。

2人にしか通じない符号が、この時同時に両者の脳裏を巡っていた。


「・・・それじゃ、また。

年明け、、じゃなかった、週明けに、図書館で。」


「ええ、おやすみなさい。」



アマリリスとヘリアンサスが会計を済ませて店を出るのを見届けて、

リュシマチアとネメシアがルピナスに詰め寄ってくる。


「オイ。」「ヲイ。」


「なんだよ。。。」


「アレか?

あれがオマエの”誕生日祝いの女”なのか??」


「その言い方やめれ。

ただの、職場の同僚の子だよ。」


「ものごっつキレイな子やん~~。

大人っぽいけど、かんなり若いよね。

いくつ??」


「ええと、、17歳?」


夫婦は一斉に大きく息を吸い、同時に


「「この、犯罪者!!!」」


「だから、、

なんでだよ。」


それでも、反駁に今ひとつ力が入らなかったのは、

連れの少年が弟だと聞いた時の、微かな、安堵とも喜びともつかない感覚に気づいてしまったからだった。

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