第54話 ”誕生日祝い”#1
「どうしたイ、ロペジアちゃん。
浮かない顔しちゃってサ。」
「・・・あ、悪い。
ちょっと考え事をね。」
ルピナスはハッと我に返り、ジョッキに4分の1ほど残っていたビールを飲み干した。
マグノリア大学正門にほど近い、居酒屋『山猫軒』。
ボックス席の向かい側の相手、短く刈り込んだ黒髪に、整え方にこだわりの窺える顎ひげという、ちょっといかつい印象の男は、
深く吸い込んだ一服を、ボハァ、と吹き出し、紫煙がルピナスの前髪を揺らした。
「考え事だァ??
女か?コノヤロ女だろ!?」
強面キャラのくせに酒に弱く、早くも酔いの回っている相手は平手でテーブルをバンと叩き、
グラスや、料理を載せた皿が飛び上がった。
「えーっ、ルッピぃにオンナぁ?
誰だれ、どこで知り合ったん?」
強面の隣で肩に腕を回されている、
喋りかたはバカっぽいが、見た目は清楚で、ボブカットの髪がかわいらしい、
タレ目ぎみの大きな目には、知性も感じられる女が身を乗り出す。
「まぁ・・・女、ってことになるのかな?」
不承不承認めるルピナスに、対面のカップルは、ウェーイとか陽気に騒ぎ立て、
あれこれ聞き出そうとしてきた。
こんなふざけたナリでも、2人はルピナスの大学時代の同期だ。
基礎教養課程では同じクラスであり、女のほう、ネメシアは薬学部へ、
男のほう、リュシマチアはルピナスと同じく、工学部へと進んだ。
美女と野獣ではないが、一見不釣り合いなところがお似合いというカップルだった2人は、
卒業して間もなく結婚し、現在は共働きの若い夫婦として、充実した生活を送っている。
ルピナスとは、今でも月に一度はこうして、3人で晩餐を共にする仲だった。
「ネムちゃんはさ、」
2人からの執拗な追及は適当にいなして、
ルピナスは数少ない、立ち入ったことを聞ける異性の友人に尋ねた。
「
「やっだぁルッピぃ、それ聞いちゃうん??
ゴハンかオフロかその前にアタシ的な?うふん。」
「オイオイぃー、それじゃいつも通りすぎて祝いになんねェだろヨ!」
「りゅうちゃんたら。
もぉ、バカ❤」
ごめん、君らに聞いた俺がバカだったよ。
「うそうそ。
あれだよね、もっとウイウイしい関係のふたり❤のことが聞きたいんよね。
んっとねぇ、初めての時は、レストランディナーだったな。
奮発して、
なるほど、それは参考になる情報だが、
「その時って、2人はもう付き合って・・・?」
「うん。付き合いたてのころね。
そしてごめん、りゅうちゃんのじゃなくて、あたしの誕生日だったわ。」
「まーなんだかんだ、そん時のメディッシュも結局オマエだったけどなァ」
頼むからバカは黙っててくれ、
友人の夜の事情なんか知りたくもない&聞いたらイヤでも想像しちゃうだろうが。
それにしても、
「レストランディナーね。
まぁ、そうだよな。。」
交際中の2人なら、そして男性が女性の誕生日を祝うのならそれも自然だろう。
だが、ただの職場の同僚、ましてこんないい年したおっさんが、あんな若い女の子にご馳走になるなんて、
どんな恥辱プレイだよっていうあり得なさだ。
だとしたら彼女の言う”誕生日祝い”とは何なのか?
「ロペジアちゃんも使ってみる??ってもバカ、
いい店知ってるゼ、落とせる店・ヤレる店って評判の」
「オイちょっと待てや💢
なんでオマエがそれ知っとんねん?」
「あ、、
いぇ、たまたま前を通りかかりまして。。」
あァ!?と声を荒らげてリュシマチアのネクタイを引っ掴んだネメシアにため息をついて、
ルピナスは次の飲み物を注文しようと、メニューに目を落とした。
こんな揉め事も睦み合いの一部、鬱陶しいほどラブラブの2人。
しかし、遠い昔――と思える、大学に入学したての頃、
ネメシアと最初に付き合っていたのはルピナスだった。
中央食堂カフェテリアで肩を並べて課題のレポートを仕上げ、何度かデートした仲。
しかし2人は、そこから先に進展することのなかったカップルだった。
細かいことはもう忘れてしまったが、確かお互いの生い立ちの話をしていた時、
おもむろに、2人の間に冷え冷えとした隔絶が広がるのが感じられたのだ。
口論になったわけではない、それどころか、相手に何ら負の感情を抱いたわけですらない。
それでも、あぁ、自分たちにこの先はないな、と分かってしまった。
それからしばらくしてネメシアはリュシマチアと付き合い、すぐに、周囲が羨むような熱愛のカップルになった。
ルピナスの方は、その後何人かの女の子と付き合ったが、いずれも長続きすることなく、現在に到る。
ネメシアの元カレ、リュシマチアにしてみれば今カノ改め妻の元カレ、という言い方もできる自分を、
2人が少しも遺恨のようには捉えず、こうして交流を維持してくれていることは、
前職を辞めた時に、人間関係の殆どをリセットしてしまったルピナスとしては有難いことだった。
しかし、この3人の関係もずっと続くものではない、どころか終わりも近いのかもしれない。
いずれ2人に子どもが出来て、育児にかかりきりになり。
こうして夜、気軽に集まることはできなくなるのももちろん、
ネメシアは母の、信じがたいことだがリュシマチアも父としての顔を身につけてゆくのだろう。
その時にも、きっと俺は
「あれ、ルピナスさんだ。」
思索を断ち切る声に顔を上げ、ルピナスは息を呑んだ。
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