第53話 時の歩み
「え~~、ルピナスさん
すごーい、頭いいんですね。」
「そんなことはないですよ。
ここに来て、どうしてもやりたい勉強があったものですから。」
実際、ルピナスは自分が優秀だなどと思ったことはなかった。
確かに、ラフレシア帝国内で十指に入る名門大学に入学できたことは、彼のこれまでの人生で誇るべき成果のひとつだが、
それ以前も、入学後、卒業後も、自分の人生は挫折続きだと感じていた。
その気になればアマリリスさんだって入れますよ、と言おうとして、
勉強キライ、と言っている相手に嫌味と受け取られるのも賢明でないと考えて控えることにした。
「今はお幾つなんですか?」
「僕ですか?25、、もうすぐ26になります。」
「えー、わっかーい!21ぐらいかと思ってましたよ。」
「さすがに、21の時はまだ大学生でしたねぇ。」
ルピナスが特に若作りしているわけでも童顔というわけでもないが、正職員のオジサン連中に混じれば引き立って若く見えようというものだ。
実際正職員の間では最年少だろうし、卒業後に母校の図書館に戻ってきた人間というのも自分の他に聞いたことがない。
そんなルピナスも、アシスタントたち、たとえばこのアマリリスとは10歳近い年齢の開きがある。
彼ら彼女らの多くは、21になる前に、結婚であったり、別の勤め口に興味を惹かれるなりして図書館を去っていく。
21歳の時にはまだ大学生だった自分。
自分が大学に入学したよりも若い年齢でアシスタントとして働き、目下、遠い目標の司書を目指しているアマリリス。
彼女がこれからの4年、さらにその先の5年をどのように過ごすのか、
本人も想像がつかないと言っているぐらいだから、まして他人が占いようもない。
17歳であれ、26歳であれ、あるいは46歳になったとしても、
それらの数字は出生時点からの経過時間を示しているに過ぎず、時間は誰に対しても
未来は
しかし、まさに予測不可能性の塊であるアマリリスに対して、ルピナスは自分の人生の先が見えている、
ないしは、自分に対しては時間がその進みを止め、現在が現在のまま続いていくように思えた。
――だから、若く見えるのかも知れないな。
ルピナスが自分よりひと回り近く年上、という事実は、実際アマリリスの興味をかき立てた。
カレシ[候補]としての年の差を気にしたわけではない。
むしろ逆というか、相応の年齢の差、隔たりを感じさせないところに対してだった。
9年後の未来というのは、4年後よりもいっそう想像がつかないが、
9年の過去を振り返れば、その年月がいかに大きく人を変えるものであるかわかる。
8歳のあたしは、こんな風にヨソの人と打ち解けて話をするなんて考えもつかない、内気な子供だった。
あたしが8歳だった時、ルピナスさんは17歳、
あたしが26歳になったら35歳、その差は永遠に縮まらなくても、
なんて言うか、この人はあたしの先で歩みを止めて、待っていてくれそうな気が――
「もうすぐ26って、お誕生日はいつなんですか?」
「年が明けたらすぐ、1月の4日です。」
「わっ、もうほんとすぐじゃん!
お誕生日祝いさせてくださいね。」
「・・・ありがとうございます。
新年祭の時期だからそっちに持っていかれて、あまり祝ってもらったことがないんですよね。」
「そか、ラフレシアって新年祭があるんでしたねー。
マグノリア雪降んないし、ジェド・マロース来なさそうですけどねぇ。」
「確かにw」
世間共通のイベントである新年祭はともかく、
個々人の、当人にとっても年齢がひとつ繰り上がる日でしかない誕生日の何を祝うのか、昔から謎だった。
そんなルピナスであっても、こんな美少女に祝福されて悪い気がするわけがない。
それにしても、
何と言うか、気さくで普通にいい子じゃないか。
こうして面と向かって2人で話をするのは初めてだったが、
その卓絶した美しさと、男絡みの数々の伝説で、面識はなくとも知らぬ者はいないアマリリス。
ルピナスも、きっと高慢で人当たりのキツい女王様タイプか、
あるいは「女」を前面に押し出したファム・ファタールであろうと想像していた。
何事も、見た目やうわさ話で人を判断してはいけないということだな。
自戒するルピナスは知らないことだが、今日のアマリリスには自分を演じている一面が確かにあった。
ただそれは彼女に限らず人間には誰しもある、相手との関係性や思惑に応じた人格の使い分けであって、
ルピナスが見ているのもまた嘘偽りのないアマリリスの一面だった。
本題だった司書試験の件は不服の残るものであったにも関わらず、
楽しい会話に加え、誕生日祝いの約束まで取りつけて、2人は中央食堂カフェテリアを後にした。
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