第52話 架空の権威#2

「・・・なかなか、この業界も世知辛いものですねぇ。。」


ひととおりの現実を把握し終えて、ルピナスはため息をついた。

当のアマリリスは落胆した様子もなく、ルピナスのため息に合わせて含み笑いを見せる。


ルピナスが自宅から持ってきた、学生時代に受講した図書館学の資料は、無闇と微に入り細を穿つばかりで役に立たず、

2人が開いているのは、アマリリスが小道具として、職場の書架からタイトルだけで選んできた薄い冊子であり、必要な情報に対してはそれで充分だった。


その名も『司書になるには』によれば。

司書とは、図書館の運営全般に従事する専門職員であり、国家が認定する名称独占資格である。


医師や弁護士のように、資格がないとその業務を行えない、というものではないから、

アマリリスのように司書の資格を持たない者が図書館に勤務することも問題はない。


一方で、マグノリア大学附属図書館、そして多くの公共図書館がそうであるように、正職員の採用条件に司書資格を求めている館が多く、

長く図書館勤めをするつもりであれば、是非とも取得しておくべき資格であると言える。


ここまでは、わざわざ資料に当たるまでもない、図書館業務の従事者であれば誰でも知っていることだ。

ルピナスを困惑させたのは、資格を得るに到るまでの要件のことだった。


ルピナス自身は、司書資格試験を受けていない。

大学で、図書館学を含むいくつかの講習を受講した学士課程以上の修了者には、自動的に司書資格が授与されるためだ。

在学中のルピナスは、自分がいずれ司書として勤務することになるなどとは露にも思っておらず、

司書資格要件の講義を受講したのも、進級のための単位の埋め合わせでしかなかった。


一方で、大学を卒業していない者が司書資格を得るには、司書資格試験を受けて合格しなければならない。

試験自体はさして難関というわけではないが、受験にあたっての要件がある。

職能開発校、初級師範学校といった中等教育機関の卒業者では2年、

そうでない者、アマリリスの場合には4年間の、図書館業務の実務経験が必要となるのだ。


ルピナスの、2年弱の図書館勤務の間、大学で受けた教育が司書の業務に役立つことはほとんどなく、

図書館員として必要な知識や技術はみな、この職業に就いてから身につけたものだ。


それだというのに、大学卒業者は、今では内容など覚えちゃいない図書館関連講義の履修で司書試験合格者相当と見做され、

そうでない者はまず、その考査にたどり着くまでに2年、4年といった下積み期間を要求される。

その間、正職員よりも低い賃金と不安定な雇用条件に甘んじなければならないというのは、

どうにも社会に仕組まれた不公正と感じられてならない。


いささか憤慨するルピナスに対して、アマリリスは健気なものだった。


「そっか4年かぁ。。。

えー、そしたらあたし21歳??

このあたしが21とか、想像つかないやw」


そう言って、テーブルの上に組んだ腕に顎をうずめ、むふふと笑う。


「それにしても4年というのはね。。

いっそ、どこか中等教育校に入られてはいかがですか?

定時制、通信制の学校もありますし、早ければ2年で卒業できますよ。」


「イヤですよ勉強キライだもんw

ベテラン図書館員になって待ってます。」


その口調と、ルピナスを見上げた視線はやけにつやっぽく、

ルピナスはどういうわけか、自分が司書試験になったような錯覚に陥った。

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