うつろいの月日
第50話 日を重ねて週となり、月を連ねて年となり
マグノリア大学附属図書館司書、ルピナス・ロペジアの1日は、静穏に明け平穏に暮れる、ことが多い。
1日を重ねて週となり、月となり、月を連ねて年となり。
そうして、つつがなく歳月を過ごす自分を彼は傍観している。
調査考査局・行政機関渉外室に所属する主任司書のひとりとして、彼は自身の職務を、
室のメンバーの業務が円滑に遂行されるように手立てを行うことだと認識している。
一人一人に適切な量と内容の作業を割り振り、メンバー間の連携を取り持ち、
問題が発生すれば介入して解決にあたる。
物腰はおだやかで、想定外の事態に直面しても慌てふためくことなく対応する。
おかげで行政機関渉外室は今日も円滑に回っていく。
室長をはじめ、管理職然とした他の上席とは違い、当事者として責任を持って業務を推進してくれる主任は、メンバーからの信頼も篤かった。
そんな彼の胸中を、メンバーは知らない。
そして今日もまた平穏に暮れようかという夕刻、
彼に舞い込んで来たのは、業務上のアクシデントとは違った方向性の、想定外の事態だった。
「ルピナスさん。」
遠慮がちな呼びかけに、誰だろうかと振り向いて息を飲んだ。
こうも間近で対面するのは初めてだったが、
微笑を浮かべてそこに立っているだけで周囲が燦々と輝きを帯びるような、世にも稀な美少女がまっすぐ彼に視線を向けていた。
「すみません、突然。
あたし、参考業務課のアマリリス・ウェルウィチアです。」
「ええ、存じ上げてますよ。」
ウチの局長――上司と仰ぐルピナスにも、何のために居るのか判然としない、
現場に興味が無いのが取り柄と評判される御仁の顔面に、泥を塗って唾を吐きかけたうえに眉間に寸鉄を打ち込んだ女傑として。
あるいは、魅惑される男は引きも切らないが、袖にされた男はなお多いと伝説されるクイーン・ビーとして。
「何かありましたか?」
その伝説の美少女が所属する、学内利用者サービス部門の参考業務課と、
外部の行政機関との連携を担当する、ルピナスの部署との接点はあまり思いつかなかった。
「違うんです、お仕事の話じゃなくてw
あたしね、司書試験を受けたいんです。
ルピナスさん、正職員だから資格お持ちですよね?
イロイロ教えてもらいたいなっ、て。」
その胸には小道具っぽく、『司書になるには』というタイトルの冊子が抱えられている。
彼女の所属部署にも当然、有資格者の司書は幾らでもいるはずであって、
あえて他部署、それも、一般的な司書の業務からは比較的遠い職務にある自分を頼る理由には、不可解なところもあった。
しかし、そして相手が超絶美少女でなかったとしても、自分を頼って来る者を拒むという発想は、ルピナスになかった。
「それは素晴らしいですね。
僕でよければ、何でも力になりますよ。」
こういう時に謙遜して見せたりするのは、距離を置いた印象を与えるだけで何の美徳でもない。
胸を張って応じたものの、今時点のルピナスでは、肝心の知識について心許ないところがあった。
「大学時代に受けた図書館学の教科書やノートが、家にあったと思うんです。
(”家に”のところで、アマリリスのみどりの瞳が妖しく光ったように思った)
明日、持ってきますよ。」
「ありがとうございますっ❣
じゃ、明日の業後にまた伺いますね。」
「あ、でも僕、6時が定時ですよ。」
4時あがりのアマリリスとは2時間のズレがある。
そんなに待たせるのも悪いから、昼休みにでも・・・と言いかけたところに、食い気味にアマリリスが被せてきた。
「大丈夫ですっ❣
5講目が終わるのがちょうど6時だもん。」
5講目??
「なんで、ちょっとお待たせするかもだけど、忘れて帰っちゃわないでくださいね❤
じゃっ、また明日❣」
また明日、というルピナスの声を背に受けて、アマリリスは小走りになりそうになるのを抑えて歩き去った。
廊下に出たところで、ほう、と息をついて壁に背をあずけた。
はあっ、ドキドキしたっ。
(いきなり家に招待されちゃうのかと思った。)
こういう感じ、久しぶりw
ドキドキするのは、自分がヘタな小芝居を打って居ると分かってて、それを意識してしまうせいだ。
つまりこれはまだ、恋ではない。
でもいいんだもん、吊り橋効果っていってね、ドキドキを錯覚して恋に落ちるもんなの人間は。
ルピナスさんもドキドキしたかな?
したよね、こんな美少女を目の前にしたら、それだけでもう。
こんな美少女なんだから、冒頭から”彼女はいますか”なり、”あたしとデートしませんか”
と切り出したところで差し支えはないだろうし、こんな茶番を演じるより手っ取り早いに決まってる。
でも、そうじゃない。
トキメいたり、ヤキモキしたり、そういうラブコメなテンプレを踏襲して、あたしは人間としての恋をするんだ。
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