第35話 旅の道連れ
荷物運びまでは付き合うとしてだ、さっきの肉屋みたいな猟奇ショップに連れて行かれたらダッシュで逃げよう、
と思っていたが、ついた先は路地に面した普通の果物屋だった。
大きく張り出した日覆いの下の陳列台には、大きな黒いスイカ、ウリ、
それに南洋のものらしい、アマリリスは見たこともない種々の果物が並んでいる。
「ありがとねぇ、ありがとねぇ、ホント助かっちゃったよ。
別嬪で親切な小姐にはたんとお礼をせんとね、
ホレ、これとこれ持ってってな。」
老婆は
いやいや、そこまでしてもらうほどのことじゃないし、歩きだから重いし。。
「どこから来たっての。マグノリア大ぃ!?歩いてきたぁ??
あんたねぇーー、散歩ってのはもっと手近で間に合わせるもんだよ。
おばぁに会わんかったら、世界の果てまで歩いちゃってたんじゃないのかい。
さぞ疲れたろ、ほ、ホレ、そこ座ってこれ食べな。」
老婆はアマリリスに勘定台の椅子を勧め、店頭で氷の上に並べられていた、カットして串に刺してあるメロンを差し出した。
甘くて冷たい、それにとてもいい香り。
3時間は歩いたか、さすがに疲れてたんだなぁ、ということがよく実感されるくらい、元気が漲ってきた。
親切には親切で返してくれるおばあちゃん、ずうずうしいとか思ってゴメンね。
老婆は、そんじゃあ荷物にならないだけ、と言って、物珍しい南洋のフルーツをいくつか、
竹を編んだ手提げカゴに入れて、食べ方の説明と一緒に渡してくれた。
「お土産が物足りない分は、小姐の未来で補ったげようね。
よっこらしょと。」
老婆は赤いスカーフを取ると、勘定台の下から、一抱えの大きさがある木枠を取り出した。
中央に金属の円盤、同心円状の円環がいくつも重ねられたものがあり、ムータン文字や謎めいた記号が刻まれている。
四隅のスペースを埋めるように、中央のものよりは小さな円環の盤が埋め込まれている。
「こう見えておばぁは易者なんだよ。
なに占ったげようかねぇ、金運?仕事運?」
じゃぁ恋愛運を、と言うと、若い娘さんはそうだよねぇ、と老婆は笑って、
アマリリスの名前と綴り、生年月日、出身地などを聞き出して、5つの円盤をぐるぐると動かしていった。
はたと老婆の手が止まる。
「むむっ?」
え、何?
「哎呀ーー、不思議なこともあるもんだねぇ。。
いやね、恋愛運の方はバッチシ。
近々、イイご縁がありそうだよ。
なんだけどね、なんだろねこれは・・・?」
だから何、何なの??
占いなどは信じていない、ひょっとしたら運命や因果応報みたいなことはあるのかも知れないけれど、
人間が、まして他人がこうして何か怪しげな巫術で見透かすことなど出来はしまいと思っているアマリリスだったが、
こういう言い方をされると気になる。
「なんて言うんだろ、
小姐の”道”には、不思議な道連れみたいなんが居るんだわさ。
この感じは人じゃない、かといってご先祖の霊とかそういうんとも違う。
おばぁも長いこと易者やってて、こんなんは初めて見るわ。」
「・・・その道連れが、あたしの邪魔をする、とか?」
「そういうわけじゃなさそうだけんどね。。。
何しろおばぁも見るの初めてだから、どういうつもりなのかうまく見透せんのだわ。
役立たずなばばぁだね、ごめんね。」
「いいのよ。
ありがと、おばあちゃん。」
またおいでね、こんどはイイ人連れといで。
帰りは市電乗りなね、どこそこの停留所から何ちゃら行きの路線だよ、
とあれこれ世話を焼く老婆に見送られて、アマリリスはムータン人街をあとにした。
確かに、ちょっと負けたような気がするけど市電乗るか。。
今日履いているサンダルは、アマリリスがマグノリアで購入した何足かの靴の中では一番歩きやすいものだったが、
それでも足の甲が痛くなってきていた。
教えられた停留所を探しながらアマリリスは、占いのことは話半分として、
老婆がはじめの方に言った言葉を印象深く思い返していた。
”散歩ってのはもっと手近で間に合わせるもんだよ。”
そうなのだ。
こんな大きな都市に住んでいても、ほとんどの住人にとって、自分の足で歩き回るのはごく狭い範囲なのだろう。
あたしも、世界の果てだか都市の果てだか目指して歩き続けるんじゃなく、
まずは自分の住んでいる処の周囲をよく知るべきなのかもしれない。
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