第34話 都市の芳香

暦ははや11月、トワトワトでは白魔ヴェーチェルが暴れまわっている季節だ。

世界の果ての酷寒とはもとより別世界であるが、マグノリアにしてもこの年は過ごしやすく、日向では汗ばむような陽気だった。


陽気に醸し出された街の匂いが鼻をつく。

カラカシスのアザレア市とでは気候からして違うし、同じマグノリアでも、セレブリャノエ=サズベジェともまた違う。

あちらが、建ち並ぶ高級店と、それに合わせて洒脱であろうとする来訪客の作り出す空気なのに対し、

ヴァザプルドは良くも悪くもあか抜けない、肩の力が抜けた親しみを覚える匂いだ。


街は自ずと自らに合った香りフレグランスを纏う、というのも新たな発見だった。

あちこちの街頭で空気を瓶詰めにして、マグノリア通の人に鑑定させたらどこの街か当てられるのかな??

ってそういうことじゃないよねと。


服屋ショップを覗いてみても、セレブリャノエ=サズベジェよりも格段に安い。

安いなり、って感じはあるけど十分カワイイ。

うん、今度から普段遣いの服は、こっちに買いに来ようかな。

ちょっと遠いけど。


実際、ヴァザプルドは郊外の住民から見てマグノリア北西の玄関口であり、

気張った連中にとっては、”こんな街”は素通りして、セレブリャノエ=サズベジェをはじめ、より瀟洒な都へ向かうための足がかりでしかないが、

そういう頓着をしない人間にとっては、ここに来れば何でもあがなえる、人によってはマグノリアと言えばヴァザプルドのことだと思っている”我らが街”。

往来を数えてもマグノリア市民よりそうでない者のほうが圧倒的に多い、それもまた都会のひとつの顔なのだった。


街路を進むにつれ、郊外住民の植民地はさらに別の芳香を纏うようになってきた。

瓦屋根に丸木の柱、軒先には赤い提灯を吊るした建物が並ぶ商店街。

人々は、ファーベルの面影によく似た、東洋人の顔立ちをしている。

ムータン人の人たちだろう。


ラフレシアとムータン国を隔てる国境の川まで、マグノリアからはおよそ100kmキロ

国際都市でもあるマグノリアには、開基当時から多くのムータン人が移り住み、

ヴァザプルドのような繁華街には必ずと言っていいほど、彼らが集まって商いをする、ムータン人街が形成されている。

物珍しい食材のムータン料理目当ての客を中心に、人気の行楽スポットでもあった。


大きなざるに、見たこともない品種の豆や、強烈な臭いを放つ何かの干物を満載にした乾物屋があり、

軒先に吊るした、頭がついたままの家鴨の肉を筆頭に、当方の感覚では愛玩動物であり”ソレを食べるの!?”という生きた食材や、

脚がついたのやついていないのや、ガラスケースの底をびっしりと埋めて蠢いている、また別の意味で”ソレを食べるのぉ!??”、な食材を商う戦慄の肉屋があり。

彼らの神を祀る寺院では、参詣者が供える香が、絶えることなく煙をくゆらせている。



オートモービルの行き交う通りを、赤いヘッドスカーフを巻き、濃紺のムータン衣装のひどく小柄な老婆が、トロリーバッグを曳いて危なっかしい足取りで渡ってくる。

なんで年寄りってこう、危険な横断が好きなのかしらねぇ?

ひやひやしながら見ていると、縁石にトロリーバッグの車輪が引っかかり、なかなか引き上げられずにいる。

片側1車線の車道すれすれでうんとこしょっ、とかやっているものだから、後ろから来たクルマも追い越すに追い越せず立ち往生している。

アマリリスは見かねて手を貸した。


「あらぁ、ありがとさん。

じゃぁ、コッチへ運んでちょうだいな。」


老婆は嗄れた、思いのほか威勢のいい声でそう言って、先に立ってひょこひょこ歩き出した。

引っ張り上げるのを手伝ってやるだけのつもりだったのに、荷物持ち扱いかよ、ずうずうしっ!

これだから年寄りは、と思ったものの、そこは若者の謙虚さで黙ってついていった。

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