第33話 都市の彷徨#2
「ふうっ」
急坂の突き当りに現れた階段を登りきって、アマリリスはひと息ついた。
そこは鉄道の駅であり、かわいらしくも瀟洒な白木に赤屋根の駅舎の前に、駅前広場が広がっていた。
広場の前を旧くからある街道が横切り、沿道には高級そうな、老舗の菓子店や洋装店が並んでいる。
そろそろ引き返すか。。。
いや、せっかくだしもうちょっと行ってみるかな。
街道を渡り、沿道の店の間をくぐって、大きな家の並ぶ邸宅街に踏み入れていった。
クリプトメリアのアパートを出て、坂下の通りを右へ、ドーム屋根の寺院やセレブリャノエ=サズベジェとは逆方向の、これまで行ったことのない方角に向かった。
通りの左側には、深い掘割の底を流れる川と、崖っぷちを這うようにして走る鉄道線路が、鬱蒼とした樹々の間に見え隠れしている。
道は川面に近づこうとするように下り坂となり、坂を下りきったあたりで道と川は鉄道とは離れて北西へ。
川沿いの道は平坦だが、周囲には高台が迫り、かなりの勾配の急坂や階段が家々の間を登っていく。
平野に
たしかに、運河が縦横に走るセレブリャノエ=サズベジェのあたりは真っ
あれは、このあたりの台地を雨風が長い年月をかけて削り、それを川が運んで拵えたものなのだ。
前方に、さっき(といっても軽く1時間は過ぎたが)坂下で別れたのとはおそらく別路線の鉄道の高架が見えてきた辺りで、
ずっとアマリリスと並走して通りを進んできた市電の線路は右に折れ、専用軌道を通って高台へと登っていった。
それをきっかけにアマリリスも高台へ、高架をくぐり、線路沿いの坂道を登っていった。
高架がやがて切り通しとなり、息を切らせて登りきったところが先ほどの駅前だった。
アパートを出てから2時間あまり、その間沿道はずっと市街地、行けども行けども家、家、家。
商店街あり、寺院あり、公園あり、劇場に学校ありと変化に富み、
このあたりまで来ると都心のような高層ビルディングは減って、低層の住宅街が多くなってきているが、それでも街は果てる様子がない。
故郷ウィスタリアの首都、アザレア市の市街地であれば、2時間もあったらあらかたの街区は回りきってしまい、自ずとその全容も見えてこようというものだ。
逆に、トワトワトの広大な大地を覆う原始林やツンドラの山岳は、もとより尽きるところがあるようなものではない。
それに比べればマグノリア市域はずっと小さい、と頭ではわかっているのだが、
この、住民も全容を把握できていないであろう巨大都市の広がりは、トワトワトとはまた異質な際限のなさを感じさせるものだった。
道を歩いていて、その先に何が現れるかは予測不可能ではあるものの、都市の構造は決して単なる均質でも無秩序でもない。
たとえば、ひとことで住宅街と言っても多様であり、場所によって微妙に、あるいはあからさまに雰囲気や品格が違う。
それは個々の住民の意向や事情の集積した結果なのだが、見た目には、まるで街そのものが意志を持って自らを形作っているように映った。
そしてこの界隈は、富裕層が集まってくる、いわゆる高級住宅街らしい。
塀や生け垣を巡らせ、立派な門構えに、さまよい込んだ余所者を睥睨するようなファサードの家屋が連なっている。
”類友”=類は友を呼ぶ、というラフレシアの慣用句とその省略形を、アマリリスは都会育ちの同僚たちから知ったが、なるほど。
これもアザレア市の規模の街では感じなかったことだが、マグノリアのような大都会では似通ったものはまとまる、
金持ちは金持ちで集まってお屋敷街を形成し、その逆もまた然りということなのだろう。
この街区が、利便性や閑静さで周辺地域よりも特段勝っているわけではないにも関わらず、
構図は多々あれど、そういった力学が働いて、この都市の各所を意志のあるものに作り上げていっている。
ちなみにクリプトメリアのアパートがあるのは、文教地区に指定された一角で、
行政府によって、厳かでアカデミックであるべしと細々した規制がかけられている区域、なのだが、
実態はなんら畏まったところはない。
表通りには、周辺に数多く住む学生も気安く敷居を跨げる大衆食堂や安酒場が軒を連ね、
マグノリア中央駅周辺のような本格的なオフィス街に入居するのは躊躇われるような零細企業を収容した雑居ビルが林立している。
このように、いくつかの意志の相剋を反映して形成される街というのもあった。
そしてこれだけの規模、多様性を備えた都市には、半ば必然的に、暗く
ヘリアンサスの心配は大げさに過ぎるにせよ、実際、マグノリア都市圏を北と南に挟むようにして、夜の女性の独り歩きは危険と言われる貧しい地域が広がり、
市域西側に点在する大繁華街の一部のエリアは、マフィアによる発砲事件が散発するなど、別の意味の危険地帯でもある。
邸宅街を抜けたアマリリスが足を踏み入れた繁華街、ヴァザプルドもそういう街のひとつだが、
幸い危険ゾーンは街の北側の一部に限られ、それ以外のエリアは、週末ともなれば近郊から郊外まで広く来訪者を吸い寄せる、気楽な活気に溢れた歓楽街だった。
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