第5話 都市の陋習

はっと気づくと、ベッドに寝ていた。

周囲の様子からファーベルの寝室だと分かった。


小ぶりな白木の衣装箪笥に、ライティングビューロー、

レースのカーテンの向こうのテラスでは、赤い天竺葵が、既に高く昇った太陽の光を浴びている。


簡素だが可愛らしく、きちんとした部屋の中で、アマリリスが寝乱したベッドの上だけが場違いに見苦しい。


起き上がると頭が痛い。

おまけにひどい格好だった。

昨日着ていたままのブラウスは何だかよれよれになり、前ははだけ、下半身は下着だけ。


アマリリスは取りあえず手近にあったガウンを羽織り、ふらふらと部屋を出た。


階下、2階のリビングルームでは、クリプトメリアがやはり部屋着のまま、

くわえタバコの口にコーヒーを運んでいた。


「やあ。

どうだね気分は。」


「お゛水をぐださい。。。」


クリプトメリアは笑って水差しからコップに注いだ。


「昨日はすみません、なんかすごい失礼なことを。。。」


「何も何も、酒ってのはそのためにあるんだ。

しかし、バーリシュナかと思いきや、とんだ豪傑だな。

また飲もう。」


「・・・ファーベルは?

あたし、ベッド占領しちゃって。」


アマリリスはばつが悪くなって話題をそらせた。


「ファーベルがヘリアンのベッドに寝て、

ヘリアンがそこのソファーに寝るという、妙なことになっとったよ。

二人して、君を男の部屋に寝かせるわけにはいかん、とか。」


さすがに今では、一緒に寝たりはしないようだった。


「二人ともとっくに出かけたよ。

ヘリアンは役所、ファーベルは学校だ。」


そうだ、ファーベルは初級師範学校に通ってるんだ。

昨日の事を思い出してきた。

小さな子供を教える先生になりたい、とうれしそうに話していた。


「タバコ、吸われるんですね。」


思い返せばトワトワトでも、時々思い出したように吸っていた記憶があるが、

それが習慣となっているらしい様子は少し意外だった。


「うむ。

都会の陋習ろうしゅうだよ。


都市の構造が陋習への誘惑を産むのか、

あるいは都市自体が悪癖を必要としているのか。

さてどちらだろう。」


そう言われても、アマリリスに分かるわけがない。


本来なら気の置けない二人の間に、妙に居心地の悪い沈黙があった。

アマリリスは気づいた。

クリプトメリアも、何か迷っているのだ。


やがて考えがまとまったらしい。

灰皿で煙草を揉み消すと、クリプトメリアはまっすぐにアマリリスの目を見て言った。


「それで、これからどうするつもりだね。

単に晩飯を食べに来たわけでもあるまい?」


穏やかな口調に、かすかな緊張がにじんでいた。


「・・・ここに来るまでは、何も考えてなかったんです。

博士が何とかしてくれるかな、って。


でも昨日、ヘリアンサスを見ていたら。。。

びっくりしました、あんなに立派になっちゃって。

っていっても、まだまだコドモなんでしょうけどw


ほんのしばらくの間だけ、ここに置いてください。

ソファーでも、床でも寝れますから。

何か仕事を見つけて、そしたら部屋を借りて・・・」


「だめだ。」

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