第2話 マグノリア大学、生体旋律研究所

アマリリスは知らなかったが、彼女が先ほど通り過ぎた朱色レンガに地獄門の建物は医学部、

人の生命を取り扱うという点で、名高い学府でもとりわけ謹厳な機関の校舎だった。


それに比べれば、というわけでもないが、巨大なカシやイチョウの木立の先に見えてきた、煤けたオレンジ色のレンガの建物、

基礎研究部門である生体旋律研究所は、重厚ではあっても、威圧感は感じさせない。


同色のレンガで組まれた車寄せのある正面玄関をくぐって中に入ると、

正面のホールには、四角い吹き抜けを螺旋状に登ってゆく階段があり、

下から見上げると、吹き抜けの天井は4本の柱に支えられた白いドームとなっている。

最上階の3階まで上がり、右手にしばらく行って右に折れたすぐの部屋と、守衛に教えられた。


開けっ放しの古びたドアをノックすると、

衝立の後ろから、ひどくぶっきらぼうな、懐かしい声がした。


「失礼します・・・。」


アマリリスは衝立の脇を通って部屋に入った。

壁を埋め尽くす本棚、正面奥のデスク、手前の応接セットのテーブルの上に、

山と積まれた本、書類、工具、実験器具、、昔の実験棟の光景だった。


デスクに横向きで椅子にふんぞり返り、

ごま塩頭に眼鏡をかけ、論文の草稿を読んでいたクリプトメリアは、

鋭い目つきでアマリリスを睨みつけ――


一拍置いて、椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。

その顔が真っ赤に、そして次には真っ青になった。


動顛するクリプトメリアに促されて、アマリリスは衝立の前の、黒い革張りのソファーに腰掛けた。

クリプトメリアは向かい側のソファーにドシンと腰を下ろすと、

2人の間のローテーブルに山と積まれた本やガラクタをその脇の山に積み上げ、崩れてきたものをかき集めて奥のデスクに放り出し、

すぐ戻ると言って、サンダルをペタペタさせながら部屋を出ていった。


そして実際すぐに戻ってきて、またアマリリスの向かいに腰掛けた。

あとから事務員らしい中年の女性が、コーヒーを2つ運んできた。


デスクの奥の窓からは、明るい陽射しのなか、風に吹かれて揺れているカシの梢が見える。


2人はコーヒーを啜りながら、いくつか当り障りのない話をした。

アマリリスは旅の疲れのせいか、少し眠かった。

クリプトメリアがさっき席を立った間にも、ウトウトしていた程だ。

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