Translucent Marchen [3]

ぷろとぷらすと

マグノリア編

第1話 ポルトヴェイン・マグノリア

歳月を経ることは、ある種の旅なのだという。

逆説的に、終着地の見えない旅の途上では、時間はまるで静止したかのようになる。

旅を住みとしたあの日から、時は進みを止めたのかもしれない。



はるかな高みに、羽毛のような巻雲を浮かべて晴れ上がった空のもと、

港湾を見下ろす高台からは、海面にずっと静止しているかに見えていた外航船も、その長い船路のすえ、

カモメやトビの出迎えに誘導されて、しずしずと桟橋へと寄せていった。


半月に一度、オロクシュマ・トワトワト港と本土を結ぶ定期連絡船。

毎回、乗客もまばらなら見送り・出迎えの姿も滅多に見られない、されど廃止するわけにもゆかない赤字航路から、

この日、若い女が降り立った。


古びた軍用コートに、目深に被った鍔広帽、編み上げブーツといういでたちは、

すれ違う人々には前線から後送された女性兵士のように見えたかもしれない。

しかし、それにしては戦友の姿は見えず、彼女ただひとり。

そして、多方面に展開するラフレシアの戦場のいずこからも、ここは余りにも遠く隔たっていた。


額ににじむ汗を拭いながら、アマリリスは周囲を見回した。

幼少の頃に読んだ絵本の中でしか知らなかった高層建築物、それも4階建てどころか、

8階、9階建てもざらな大廈高楼ビルジングが建ち並び、晩夏の日差しにぎらぎらと照り映えている。


ラフレシア帝国極東州首府、マグノリア特別市。

ライオンの輪郭をしたラフレシアの版図の、後肢爪先にあたるこの都市は、

アマリリスの頭の中の地図では、トワトワトと同等の辺境の街だったが、

実態は人口200万を数える大都市であり、ラフレシア極東地方の行政、軍事、文化等々あらゆるものの中枢である。


レンガで舗装された通りには電動軌道車が走り、オートモービルが行き交い、

時折上空を、個人乗りの小型飛行艇が通り過ぎてゆく。


辺境なんてとんでもない、アマリリスが生まれてはじめて見る大都会だ。


・・・いや、はじめてじゃないんだった。

前回、2年半?前に来たとき、どこを通ったのか、何を見ていたのか、さっぱり思い出せない。

あ、でもこの白塗りに青屋根の駅舎には見覚えがある。


キオスクで道順を尋ね、教えられたとおり、上り線のプラットホームで汽車を待った。

この大陸を横断して、はるばる帝都クリムゾン・グローリーまで続いている鉄路、

その近郊区間、港湾に隣接して建つこの「大洋オケアノ駅」から7駅目が最寄りとのこと。

乗り込んだ汽車に運ばれていく車窓、沿線にびっしり隙間もなく建物が建ち並んでいることに、アマリリスは驚嘆と若干の脅威すら感じた。


目指すマグノリア大学は、市域中心部の北寄り、小高い丘の上にあった。

最寄りの鉄道駅から、博物館や美術館、天高く吹き上げる噴水を備えた立派な公園を通り、

大きな池を渡る小径を通って、、と結構な距離がある。

アマリリスが後に知ったように、実際は最寄りよりも手前の駅で降りて、路面軌道に乗ったほうが便利なのだが、

不慣れな訪問者には迷いやすい路面軌道の乗り継ぎより、自分の足を信用することを勧めたのは、キオスクの店員の慧眼だった。


池を過ぎてから、建物の間を少し行ったところに、レンガの門柱と鉄柵の扉の大きな門があった。

丘の上に向かって、古い石畳の坂が伸び、右手に、道に沿って植えられた松の木の間から、足元に広がる市街地が見渡せる。

向こうの丘の上に見えるドームは、、天文台?


道の左手に続く建物は格式張った、豪華というわけではないが重厚な朱色のレンガ造りで、

入り口は壁龕みたいなアーチの下に、見るからに重そうで、人ひとりでは開閉できないんじゃないかっていう、鋲の打たれた鉄扉。


のこのこ迷い込んだ部外者を睥睨するかのようなファサードに気圧されたか、

坂道を登ったせいか、あるいはこのあとのことの予感からか、アマリリスは息切れがしてきた。

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