第22話 アンジュリーンの矢


 アリアリーシャが岩の方を睨むと、アンジュリーンがしまったという表情をする。

 最初の魔物の前に着弾した矢はカミュルイアンのものだったが、アンジュリーンは、手前を狙ったつもりだったが、計算を誤って急所に当ててしまっていた。

「やっぱり、アンジュだったのね」

「だって、目の前を矢が通過した方が怯むと思ったから、狙いを付けていたの。そうしたら、先にカミューが射るから、慌ててしまったのよ」

(うわっ! 作戦と違うじゃないの。相談も無しで思い付きだけで作戦を変えているなんて! でも、鼻先を狙ったら急所かぁ。最初の時より狙いは正確になってきているって事になるのか)

 一瞬、イラッとして睨んだアリアリーシャだったが、直ぐに表情が緩む。

「それで、当ててしまったのですかぁ」

 アリアリーシャは、ヤレヤレと両腕を広げながら、魔物の炎が消えるのを確認すると、レィオーンパードがホバーボードに乗って近寄ってきた。

「ふーん、アンジュが倒したのか。ま、結果オーライじゃないの」

「まあね」

 アリアリーシャとしても、アンジュリーンの矢が外れる事は想定内ではあったが、アンジュリーンの狙いを変えてしまっていた事が気になっていた。

 作戦を立てて実行する事は、お互いの行動を把握して事故を防ぐ事にある。

 本来は、魔物の走る手前に矢を射る事で牽制するので1メートル以上手前に着弾する予定でいたが、アンジュリーンは、魔物の走る鼻先を矢で通過させようとした。

 魔物の前後を仲間が走っているのであれば、リスクを避けて作戦通りに行うのだが、アンジュリーンは自身で考えて勝手に目標を変えていた。

 作戦の小さな綻びが大きな失敗に繋がる。

「何か、問題があるの?」

 真剣な表情のアリアリーシャにレィオーンパードは心配そうに聞く。

「問題か。そうね、ここはハッキリさせておいた方が良いのか」

 レィオーンパードの言葉でアリアリーシャは決心がついたようだ。

 炎が消えると魔物のコアとアンジュリーンの矢が残った。

 アリアリーシャが拾うと二人は岩の方に向かう。

「アンジュ、作戦は守るものなのよ。鼻先に矢を通過させるなんて話、してないでしょ」

「その方が良いと思ったんだから」

「あのね、不測の事態じゃなかったのなら、その通りに進めてもらわないとね」

「魔物を倒したんだから」

 頬を膨らませる。

「アンジュ。今回は魔物に当たったから良かったけど、後ろを走るアリアリーシャが居たから危険を避けるために手前に着弾させるって話だったよ」

 カミュルイアンが、アンジュリーンを庇うような事を言わず不安そうに正論をいった。

「だって、思っちゃった、だもん」

 最後の方は申し訳なさそうに答える。

「ま、そんな事も有るかと思っていたわ」

(アンジュは、不器用だから回数を重ねる必要があったと思ったから、今回の作戦だったのだのよ。想定の範囲だったのだけど、鼻先を狙うつもりが胸の急所なら、この程度の速度にも慣れてきたって思った方が良いわね。それに反省はしているみたいだから、これ以上口うるさく言う必要は無さそうね)

「良かったじゃないの。最初の時より、狙った場所に近くなってきてるって事も分かったわ。アンジュも横に移動する速度に慣れてきたって事よ」

 意外なアリアリーシャの言葉に、一瞬驚いた表情をするとドヤ顔になる。

「でも、アンジュ! 狙った通りの場所に矢を通せなかったって事は忘れないで! これから先は、もっと的中精度を求められるかもしれないのよ! だから、移動する魔物だとしても狙った所に矢を当てられないないなら、今後、精度を要求される場面で失敗する可能性が高いの。失敗したから、ごめんねで済ませられない可能性もあるのよ。だから、作戦通りにして!」

 強い口調で言われると、また、恐縮する。

「わ、分かったわよ」

「それと、自分が狙った場所、魔物との距離、終わった後に誤差が有ったかを確認するの。今まで止まった的に的中させられるのだから、動く魔物だって慣れてしまえば、さっきのように偶然急所に当たるんじゃなくて、狙って当てる事だってできるはずよ」

 アンジュリーンは、アリアリーシャの言葉に興味を示す。

「確実に仕留められるための作戦なの。だから、偶然じゃなくて必然で急所を当てられるようにしておきたいのよ。この作戦は、その前段階の訓練だと思って。きっと、これから先は、アンジュとカミューの矢の精度を必要とする時が来ると思っていて」

「分かったわ」

 答えるとカミュルイアンを見た。

「そう言えば、入学する前は隠れて風下から狙うだけだったわ」

 アンジュリーンとカミュルイアンは、二人で狩りをしてお金を貯めて入学してきた。

「二人だけだったんだよ。盾役も魔法職も居ない弓だけで確実に倒せる方法じゃなくちゃダメだった。だから、待ち伏せして狙撃が一番確実なんだよ。アンジュだって納得してたじゃないか」

「あ、そうだったわね。痛い思いをしないために上から狙ってたわね」

「だけど、ジュネス達とパーティーも組めたんだから、オイラ達も作戦に参加できるようにならないとダメなんだ。動く的にも確実に的中させられるようになろう」

「そうだよ。俺なんて違う事したら、シュレ姉ちゃんに尻尾は握られるし、耳だって触られるんだ。お仕置きだって」

 レィオーンパードは、ゾッとするような表情で話すと、それを聞いていたアリアリーシャも嫌そうな顔を向けた。

 亜人にとって、耳と尻尾を触られる事は厳禁である。

 ソロで活動していたアリアリーシャにとって、そんな事をされた事が無かった事もあり聞いただけでゾッとしたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る