最終話 あの夢の続きじゃないけれど

 華夢かむには三分以内にやらなければならないことがあった。

 寝るのだ。

 布団に入って寝るのだ。


 打ち上げ成功飲み会でたっぷりアルコールを摂ったので、もう眠くて仕方がない。

 アパートの鍵を開け、(あと2分30秒)

 カバンをソファーに放り投げ、(あと2分20秒)

 首に絡みつくネクタイをむしり取り、(あと2分10秒)

 上着とズボンを脱ぎすて、(あと1分20秒)

 寝室の扉を開け、(あと1分10秒)

 掛け布団をまくり上げ、(あと1分)

 敷布団と掛け布団の間に体を滑り込ませる、だけでよかったのに。


 敷布団と掛け布団の間には、先客がいた。しかも二人も。

 その片方が、華夢かむの顔を見るなり叫ぶ。


「カムさん、助けてください!」

「帰れ、駄女神!!」


 抱きつこうとするオネイさんの顔面を容赦なくつかんで引きはがす。

 オネイさんはそれでもあきらめずに説明を始める。


「またまたピンチなんですよぉ。今度は魔王フ・リーンがですね」

「なんだ、そのいい加減なネーミングは。今度は枕じゃなくて大人のオモチャにでもしようってのか」


 ツッコむ華夢かむに、もう一人の先客が割り込む。


「今度は、ちゃんと人間の姿で異世界転生させてやるぞ」

「あんた、誰だよ」

「わたしの先輩です!」


 オネイさんが胸を張る。

 オネイさんよりは幾分幼いが、褐色の肌に白い髪をしているので対照的に見える。

 そう言えば、前回の転生直後にオネイさんが先輩がどうのと言っていたのを思い出した。


「つまり、諸悪の根源か」

「や、前回はすまんかったな。まさかオネイリアがまともに魂もつかめないほどポンコツとは思わなかったんじゃ」


 一応謝るポーズはしているが、片手だけだしニヤニヤしてるし、あんまり誠意は感じられない。


「今回は、ちゃんと分裂なんぞさせずに人間型に転生させるし、なんならチート能力の一つや二つオマケをやるぞ」

「いらん。俺は忙しんだ。異世界転生なんぞしてる暇はない」


 嘘ではない。

 カムと華夢かむで長い話をして眠った後、華夢かむは現実世界で目覚めた。

 スマホを見れば、月曜日の昼過ぎ。

 慌てて会社に連絡を入れたら、一か月も無断欠勤だったから首だとだけ告げられた。

 さすがにその瞬間は慌てたが、よくよく考えてみれば普通に「辞めたい」と告げた同僚が損害賠償だなんだと言われていたのを考えればむしろラッキー。


 カムと話していた会社の名刺をカバンの底から探し出し、履歴書を出した。

 面接のときには、意気投合した技術者も顔を見せてくれた。

 営業職で採用してもらい、技術者と一緒に売り込みにも行った。

 それが採用されたロケットが、今日無事宇宙に飛んだところだ。


 ロケット全体から見ればちっぽけな一部品。

 華夢かむ自身では無いし、作ったわけですらない。

 でも、社をあげての打ち上げ成功飲み会は本当に楽しかった。


「そーかそーか、忙しいか」


 断られているのに、妙にうれしそうな先輩女神。

 オネイさんはその背中に隠れるように恨み言をぶつける。


「わたしの世界のみんなが困ってるんですよー。カムさんの冷血漢ー、寝取り男ー」

「止めておけ、オネイリア。異世界転生したがってる奴なら他にも掃いて捨てるほど見つかるわ」


 先輩女神は、オネイさんを押して扉から出ていく。


「じゃあな。良い人生を」


 アパートの扉に鍵ををかけ、寝室に戻る華夢かむ


 正直、ちょっと惜しいかなと思う気持ちも無くはない。

 サルヴィノさんやスティさんたちが困っていると言われると、気にかかる気持ちもある。

 だが、それでも、行かない。


 布団に潜り込み、SNSでおやすみのメッセージを送り、華夢かむは9つのタグが刺繍された枕に頭をしずめて目を閉じた。


 明日また、今の夢に向かって進むために。 

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子供も大人もおねーさんも、みーんなまとめて寝取っちゃえ! ~転生したら超☆安眠枕でした~ ただのネコ @zeroyancat

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