第12話 乙女のポエムとついえた夢と

「どうやら、わしの出番の様じゃな」


 いつの間にか、サルヴィノさんがカムとオネイさんのすぐ隣までやってきていた。

 その隣には、エルフの女の子の姿もある。


「じゃな!」

「ルーウェ!」


 リエルさんが驚きの声をあげるが、本人は何故か嬉しそうだ。

 華夢かむは心底不思議そうな顔でサルヴィノさんに問う。


「……眼鏡屋が何をしに来た?」

「この世界を踏み壊されては困るのは、誰だって一緒じゃからな」

「はい、お爺ちゃん」


 ルーウェちゃんがサルヴィノさんに紙を渡すと、サルヴィノさんは咳払い一つしてからそれを読み始めた。


「あたしの心は空の色、青かったり、赤かったり。時には暗くなっちゃうこともあるけど、あなたがいれば、いつもハレバレ青空だよ、きゅん」

「はい?」


 渋い声で、しかししっかりと情感をこめて読み上げられるポエムは、全員の目を点にするのに十分だった。


「あなたはあたしのお月さま。ときどき居なくなるのが、とっても寂しいの。

 あなたはあたしのお日さま。いつもキラキラ照らしてくれるの」

「どっちやねん」


 ただ一人、ルーウェちゃんだけはポエムの言葉を味わうようにうっとりと目を閉じている。

 そして、夕暮れ空になんだか黒いひび割れが走る。


「四葉のクローバーがほしいんじゃないの。あなたと一緒に探したいんだよ。そーいうとこ、きづいてほしいなぁ。にょん」

「ちょっと!」


 ひび割れから、聞き覚えのある声がした。

 しかし、サルヴィノさんは構わず続ける。


「あなたはとってもきれいな鳥。でも、お空は飛ばないの。

 何故だか知ってるよ。あたしの視線を独り占めしたいんでしょ?」

「いい加減にしろ、クソジジイ!」


 ひび割れから降りてくるのは、白いワンピースの女の子。

 身体が半分透けてるけど。


「お化けさん?」

「あれ、昇天したんじゃあ」


 驚くカムとオネイさんは無視して、お化けさんはサルヴィノさんにくってかかる。


「あの世から見てたら、いきなり人の黒歴史を!

 あの時か、あの時やっぱり盗ってたのか!!」

「ふっふっふ。まあ、わしでは文字が古すぎて読めなかったんじゃが」

「だから、あたしが読んだんだよ。キラキラの言葉でかわいーね!」

「えっ、あっ、その……」


 ルーウェちゃんに直球で褒められて、お化けさんの勢いが止まる。

 そこをサルヴィノさんが諭した。


「生きてるもんはあらかた寝てしまったからの。死人も見守るだけじゃなくて手を貸さんかい」

「そういうわけにもいかないでしょ。死人は死人なんだから。神様の許可でもなきゃ……」


 2人の、いや起きている皆の視線がオネイさんに向く。


「あら、なんでわたしに注目が?」

「オネイさん、女神さまだよね」

「おお、そういえば!」


 ポンと手を叩くと、オネイさんはこぶしを突き上げ宣言する。


「女神として、女神として特別に許可します! あの世のみんな、出てきてバッファローさんたちを眠らせちゃってください!」


 その宣言に応え、空のひび割れからたくさんのお化けたちが現れ、バッファローの群れに向かっていく!


「行くぞー」

「一人一睡!」

「ねーんねーん、ころーりーよー」

「バッファローが3390匹、バッファローが3391匹」

「ちびこい頃から悪ガキで~」

「ねーむれー、ねーむれー」


 お化けたちはバッファローを一頭一頭、抱きしめて撫でてやったり、毛布らしきものをかけたり、膝枕したりして眠らせていく。


「なんだこりゃぁ」


 華夢かむが呆れた声をあげる間も、起きているバッファローが減っていく。だが、少しお化けの数が足りないようだ。


「私たちも行きましょう!」


 リエルさんに促され、スティさんやサルヴィノさん、ルーウェちゃんとお化けの女の子もバッファローを眠らせに向かう。

 そして、眠ったバッファロー達からは白い糸がするするとカムに向かって伸びてきた。


「えっ?」

「9つ目の、タグ? そんなはずは……」

「くそっ、今のうちに不眠の力を!」


 状況をさとり慌てる華夢かむ

 しかし、彼より早く真っ白な糸で紡がれた#1+のタグがカムの身体に刺繍される。

 トリが弾んだ声で告げる。


「#1タグが上書きされました。トリのお願い権が華夢かむさんからカムさんに移ります」

「え、じゃあその、フ・ミーンの力を封印してください!」

「OKでーす!」


 華夢かむが放とうとしていた不眠の力は、寸前で雲散霧消。

 後に残されるのは、登り始めた月に照らされて大量の寝ている人とお化けばかり。

 トリもどこかに消えてしまい、起きているのは、カムとオネイさんと華夢かむだけになった。


「…………」

「えっと……」


 カムも華夢かむも、何を言っていいのか分からず、沈黙。

 少しして、華夢かむが大きなため息とともに沈黙をやぶる。


「なんつーか、いい加減な世界だな」

「ふっふっふ」

「ほめてねぇよ、駄女神。俺を元に戻せ」

「戻せと言われてもですね……」


 華夢かむに胸倉をつかまれても、オネイさんは動じない。


「多分、カムさんを枕にして寝たら、なんとなく元に戻るんじゃないかなーと」

「寝ろって言われていきなり寝れるかよ。お前らじゃないんだし」


 そういう華夢かむの前に、カムは魔法でベッドを出す。


「無理に寝なくてもいいからさ、寝転んでお話ししよう」

「話って言われてもなぁ」


 そう言いながらも、華夢かむは靴と黒装束を脱いでベッドに上がる。


「僕は大人の僕のこと全然覚えてないし」

「逆に、どの辺まで覚えてるんだよ」

「小学校に入って、鈴木先生がちょっと怖くて……」


 華夢かむはしゃべり続けるカムを枕にして、ふんと軽く鼻息をならす。

 その視界に入るのは、満天の星空。


「7,8歳ってとこか。たしかに、それぐらいの頃は俺も純粋だったかな」

「そうだ、遠足でプラネタリウムに行ったんだ。星が、こんな風にきれいで」


「「宇宙飛行士になりたいって思った」」


 2人の言葉が被った。


「なれた?」

「全然。あれはな、頭もよくて運動も出来て英語も喋れる奴じゃないとなれねーんだよ。

 あとは、大金持ちが荷物扱いで載せてもらうか」

「そっか……」


 カムが黙っている間、華夢かむは星に向かって手を伸ばしていた。

 知ってる星座がないのが気に入らないのか、少し眉をしかめている。


「その後は?」

「その後?」

「宇宙飛行士の後、何になりたかった?」

「サッカー選手もダメだったし、お笑いも全く向いてなかったな」


 ぱたんと華夢かむは腕をベッドに落とす。


「結局、ただのサラリーマンさ」

「どんな会社?」

「ブラック」

「黒いの?」

「仕事がやたらとキツくてつまんない会社をそういうんだよ」

「つまんないんだ」

「ああ。営業で他の会社を回ってると特に思うな。自分の仕事を楽しそうにしゃべれる人らがうらやましい」


 つまらない話は聞きたくないな、と遅くなってきた思考の中でカムは考える。


「一番楽しそうだったお客さんは?」

「最近だと、あれかな。なんか素材系の会社の技術者で、もうすぐロケットに採用されるかもって言ってた。ロケット話で仲良くはなれたけど、結局買ってはくれなかったな」

「いいね、そういうの」

「どこが良いんだよ。売れなかったんだぞ」

「でも、仲良くなったんでしょ」

「まあな」

「僕も、ロケットの話したい。今のロケットってどうなってるの? 月旅行に行ける?」

「月は毎回計画倒れな感じなんだよなぁ……」


 その後、華夢かむとカムは話をして、いつの間にか眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る