第11話 カムと華夢

「ふっふっふ、これで空が赤くて寝れなかった人たちも寝れるようになりましたね」


 勝ち誇るオネイさん。

 無駄にくるくる回ってからビシッとヨンブルを指さす。


「豚人形を潰せば、残りの不眠原因も解決するでしょうし。もう勝ったも同然です!」


 しかし、四天王ヨンブルは諦めてはいなかった。


「こうなったら、不眠エネルギーが少しでも残っているうちに!!」

「四天王ヨンブル様、ばんざーい」


 ヨンブルが両手を掲げると、残っていた豚人形たちが黒いモヤに変化し、ヨンブルの両手の先に集まっていく。


「何だか眠くなってきたな」

「今なら、丸二日ぐらい寝れそうな気がするよ……」


 豚人形がなくなって、魔法の効果が切れたらしい。

 衛兵の中には、早速地面に突っ伏しはじめる気の早いものも出てきた。


「あら、ささくれが治ってますわ」


 レディ・パドゥが呟く。

 魔法の手袋の残骸が、カムに黄色い#4の刺繍をつけた。

 そして、レディ・パドゥ自身も眠気に耐えかねたのか、王様と肩を寄せ合って目をつぶる。


「ちょ、ちょっと! どう考えても寝ている場合ではないと小職は思いますよ!」


 スティさんは周りの衛兵たちを起こそうと頑張っているが、寝る人が増えるばかりだ。

 スティさんはもう寝た後だから平気だけど。


「いーんですか? せっかく皆を眠れなくさせたのに」

「魔王フ・ミーン様さえ復活されれば、もう一度全員を不眠にすることなどわけはない」


 答えるヨンブルも、足の方から形を無くして黒いモヤになり始めている。


「自分自身すら生贄にして魔王を復活とは大した忠義ですね」


 リエルさんが感心の声をあげる。リエルさんも、睡眠は十分とっているから眠く無さそうだ。


「でも、こちらはカムさんに8つのタグが揃いましたからね。魔王が復活しても、倒すだけですよ」

「それでも、魔王様の真のお力なら……おい、新入り、お前も不眠エネルギーを魔王様に捧げるんだ!」


 ヨンブルは残っている黒装束の男に声をかける。

 だが、男はキッパリ要求をはねつける。


「やだね」

「なにっ」

「魔王フ・ミーンとやらの力、俺が丸ごともらってやるよ」


 ヨンブルの上に集まっていた黒いモヤの塊。骸骨のような形を作り始めていたそれが、そのまま黒装束に流れていく。


「裏切るのか!」

「裏切ってはいないさ。この世界を潰すのはちゃんとやってやるよ」

「そうはさせません。トリよ!」


 オネイさんが呼ぶと、カムの身体に刺繍された8つのタグが輝き出す。

 7色の光が、8本の長い尻尾を持つ鳥の姿になった。


「魔王フ・ミーンの力を完全消滅させてください!」

「魔王フ・ミーンの力は俺がもらう。この世界を潰せる力を召喚しろ」


 オネイさんのお願いに被せるように、黒装束も願いを言う。

 そして、八色のトリは――


「タグ所持者の命令なので、この世界を潰せる力を召喚しますね」

「えっ!?」


 トリは黒装束の願いを叶える方を選んだ。

 青くなった空の中、傾いた太陽を遮るように虹色の渦が現る。

 虹の渦から現れたのは、茶色い獣、獣、獣。

 まだ距離はかなり離れているが、こちらに向かって走り始めたようだ。

 その足元から黒く土煙のようなものがたちはじめる。


「あれは……牛?」


 スティさんが獣の方をみて呟く。

 トリは冷静に訂正した。


「いいえ、次元バッファローです。猛烈なダッシュで世界を押し砕き、踏みつぶし、そのカケラを食べることで生活しています。今回は、一万頭ほど用意してみました」


 カムは深呼吸――できないけれどしたつもりで一拍おいて頭の中を整理する。


「じゃあ、あの足元の土煙は……」

「土煙ではなく、砕かれた世界のカケラですね。意外と美味しいらしいですよ」


 そんなことは聞いてない。

 トリの返事に焦るカムたちとは対照的に、黒装束の方は嬉しそうに高笑いする。


「ふん、悪くない。全頭不眠にして操ってやろう!」


 黒装束の高笑いに合わせるように、バッファローの足が早まる。


「な、なんでトリがカムさんの言うことを聞かないんですか!」

「いや、あなたカムさんじゃないですし……」

「オネイさんの願いを叶えてください! あと、バッファローは帰して!」


 オネイさんに代わって、カムが願いを口にするが、トリは相変わらず首を横に振る。


「いえ、ダメです」

「どうして!?」

「それはな、俺が華夢かむだからだよ」


 黒装束の男はそういうと、仮面を外して投げ捨てる。

 仮面の下から出てきたのは、どこにでもいそうな普通の青年の顔。

 ちょっと無精ひげが伸びていて、目の周りに不眠のクマがあるが、それだけだ。


「あれ、確かにカムさんの顔ですね」

「そうなんですか? 思っていたより老けてるんですけど」

「まだ俺は25だっての。エルフに老けてるとは言われたくねぇな」


 華夢かむはちょっと苦笑したあと、顔を引き締め直してオネイさんをにらむ。


「そこのポンコツ女神が、俺の魂を持っていく時に、一部だけ千切ったんだよ。純粋というか、幼いころの俺の部分をな」

「その千切られた一部が、ボクって事……?」

「あー、それで。大人の社畜を連れてきたはずなのに、妙に素直でいい子だなぁと思ってたんですよ」


 オネイさんは納得しているが、カムとしては混乱が止まらない。

(ボクは、ボクじゃないってこと?)


「で、元の身体に残った方が俺ってわけだ。だから、タグもこの通り」


 華夢かむが腕まくりすると、その二の腕に黒色の#1のタグが見える。

 カムの身体の薄い灰色のタグに比べれば、秘めた力が違うことが一目瞭然だ。


「#1のタグの持ち主の言うことを聞く仕様なので」

「仕様なら仕方ないですね」


 トリの言葉に納得するオネイさん。

 納得してる場合じゃないって。


「この世界に来て、四天王に紛れ込んで、お前らのタグを揃えてやったのは、ちぎられた魂を取り戻して、やったやつに罰を与えてやるためだ」

「えっと、つまり私のせいだと?」

「そうだ。さあ、次元バッファローよ! この世界を丸ごと踏みつぶせ!」


 華夢かむの命令に、次元バッファローの群れはさらに速度を上げ、全てを破壊しながら突き進む。


 王様の軍隊はみんな眠ってしまった。

 オネイさんとスティさん、リエルさんだと何頭かは止められるかもしれないけど、一万頭は絶対無理。

 頼みの綱だったトリは、華夢かむの方についている。


 どうしようもない。

 無い頭を抱えるカムに、しわがれた声がかかった。


「どうやら、わしの出番の様じゃな」

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