第10話 女神に代わってお仕置きです

「そんな魔法、この手袋があれば!」


 一歩前に踏み出し、両手を前にかざすレディ・パドゥ。

 確かに、幾つもの黒い魔法が手袋の前で弾けていく。まるで、見えない盾を構えているみたいだ。


 だが、黒い魔法の届く距離が少しずつ伸びている。見えない魔法の盾が押されている。


「ダメです。数が多過ぎます!」


 スティさんが嘆く。

 実際、魔法の盾で守られていなかった衛兵達はもう黒い魔法にやられて、眠たいのに眠れない苦しみにのたうちまわっている。

 リエルさんが後ろから魔法を飛ばして人形の数を減らしているが、焼け石に水だ。


「ブハ、ブハ、ブヒヒ! あと一押しというところだな!」


 ヨンブルの言う通り、魔法の盾はもう10センチほどしか残っていない。

 このままではすぐにレディ・パドゥも倒れ、カム達も後を追う事になる。


「どれ、生意気な女は俺様が直々に落としてやろう。眠気3000倍の魔法を喰らうがいい!」


 ヨンブルは豚顔に邪悪な笑みを浮かべ、レディ・パドゥを指差す。

 その指先から放たれた黒い光線は、他の黒い魔法の光を巻き込みつつ、魔法の盾に当たる。

 魔法の盾と黒い光線は一瞬だけ拮抗した。

 そして、澄んだガラスのような音を立てて盾が砕ける。

 魔法の手袋も同時にバラバラの糸くずになり、目を見開くレディ・パドゥ。

 そこに、黒い光線が迫る。


「パドゥー!」


 身をもってレディ・パドゥを庇ったのは、王様だった。

 黒い光線を浴びて、倒れる王様。


「陛下!」

「ほう、王がわざわざ女を庇ったか。ラッキーだぜ」


 ニヤつきが止まらないヨンブル。

 しかし、


「ラッキーな訳がないだろう」


 王様はさらりと立ち上がり、剣を抜く。

 ヨンブルの笑みが凍りついた。


「な、何故動ける!」

「どうせ何日も寝とらんのだ! 今更それが何倍になろうと関係ない! 貴様を倒した後にゆっくり寝ればいい事だ!」


 王様の言葉を聞き、悶えていた衛兵たちも我にかえる。


「陛下のおっしゃる通りだ! みんな、あの豚を倒してゆっくり寝るぞ!」


 スティさんの指令もあり、衛兵達は次々に立ち上がり、剣で豚人形を倒しはじめる。


 眠れないのは辛い。でも、あと少し頑張れば、好きなだけ眠れる。その希望にすがり、わずかな残りの力を振り絞っている。


「四天王ヨンブル様、ばんざーい」


 豚人形の数が、目に見えて減りはじめる。


「というか、人形たちが魔王の事を一切口にしないんだけど。いいのかな?」

「ずいぶんないがしろにされて、ちょっとフ・ミーンが可哀想ですね」

「そ、それは……」


 カムとオネイさんのツッコミに、ヨンブルが少したじろぐ。

 一歩後ずさったせいで、巨体の奥に隠れていた豚人形が見えた。


「オネイさん、あのヨンブルの陰に隠れてる豚人形を倒して!」


 わざわざ本体が庇っていた豚人形だ。何か意味があるはず。

 しかし、こんな時でもオネイさんは残念な方向に胸を張る。


「ふっ、カムさん。このオネイさんにそんな事ができると思うんですか?」

「では、私が女神さまに代わってお仕置きいたしますわ」


 オネイさんの代わりに、リエルさんが動く。


「キッコー・ヒシナワ・タカテコテ!」

「させるかっ」


 再び一歩前に出て、豚人形を庇おうとするヨンブル。

 だが、その意味はなかった。

 リエルさんの魔法は豚人形ではなく、近くの木に当たる。すると、その木からツルがのび、真下にいた豚人形を縛りあげた!


「ああっ、やめろ!」

「四天王ヨンブル様、ばんざーい」


 ヨンブルの制止も虚しく、縛られた豚人形が爆発する。

 その瞬間、青い光がさっと赤い空に差し込んだ。

 赤かった空が藍色に変わる、とすぐに端の方から糸になってほどけていく。糸はカムの身体に#7の刺繍を作って消えた。

 後に残るのは、雲ひとつない青い空。


 衛兵達から、歓声があがった。

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