第9話 壁をドーン!
たっぷり睡眠をとって元気になったエルフの親子。
ちなみに、お母さんがリエルさんで、娘さんの名はルーウェだそうだ。
魔法の手袋が欲しいのだと言ったら、2人とも王都までついてきてくれた。
早速、スティさんにお願いしてレディ・パドゥに会わせてもらったのだけど……
通された部屋は前の時よりも一回り広く、壁に絵があったり、高そうな壺が飾られていたりと豪華な感じ。
そして、レディ・パドゥは横に控え、真正面には男の人が座っている。
大柄だけど鍛えられた体つき。短く刈られた髪に、ワシのような鼻。
目つきも元々鋭いのだろうけど、今はクマがあるせいでもっと険しい顔に見える。
「そなたらが、パドゥを助けてくれる眼鏡屋か」
「そういうあなたは、誰ですか?」
「王様なんじゃないかな。あっちの絵と同じ顔だし」
男の人の顔は、その後ろにかかっている肖像画とよく似ていた。違いは、肖像画の方は王冠と分厚いガウンを身につけていることぐらいだ。
「聞いていた通り、賢い枕だな。そうだ。我がこの国の王である」
「なるほど、王様ですか。枕買いませんか?」
さっそく枕営業を仕掛けるオネイさん。
しかし、王様は首を振る。
「空がこうも赤くてはな。国民皆が不安に思い、寝るに寝られないのだよ」
「あ、ずっとこういう空だったわけじゃないんですね」
「空は青いものですよ」
カムとしては、この世界に来てからずっと赤い空なので、慣れ始めてきていたのだが。
「まあ、まずはパドゥの悩みから解決してやってくれまいか」
「はい。じゃあ、こちらの手袋をお貸ししますね。ついでに良いクリームも保ってきましたので、よろしければ」
王様にうながされ、リエルさんが魔法の手袋とクリームの入った瓶をレディ・パドゥに渡す。
レディ・パドゥは言われた通りにクリームを塗って手袋を付けたあと、ちょっと周りを見まわした。
「こんなにたくさんの方の前で寝るのは少し恥ずかしいのですが……」
「眠れる魔法をかけましょうか?」
何故か嬉しそうに提案するオネイさん。
そういう事じゃないと思うんだけどなー。
レディ・パドゥは提案を断って、カムの身体に頭をうずめた。
その瞬間、
「サ・サクレー!」
例の豚人形と黒装束の男が天井から突然降ってきて、魔法をかける。
しかし、魔法の黒い光はレディ・パドゥに当たる前にパチンと弾けて消えた。
「効いてないですね。大成功!」
「ちっ、逃げるぞ」
「四天王ヨンブル様ばんざーい!」
黒装束の男は、窓に豚人形を叩きつけて割ると、部屋から飛び出した。
「追いますよ、スティ!」
「はいっ!」
真っ先に動いたのは、意外な事にレディ・パドゥだった。スティさんが窓を開けると、2人揃って飛び出していく。
「私たちも行きますよ、カムさん!」
「う、うん」
2人の後に、カムを抱えたオネイさんとリエルさんが続く。
黒装束の男は、素早い身のこなしでお城の庭を駆け抜けていく。
時折振り返って確認する余裕もあるぐらいだ。
逃げ切られないうちになんとかしなきゃ、とカムは魔法を唱えてみる。
「ソ・クウォッチ・ニコマー!」
「寝るわけないだろ!」
魔法の光は、あっさりかき消される。
「カムさん、いきなり必殺魔法を使ってもダメですよ!」
「そういうものなんだ……」
落胆するカム。
しかし、少し前を行くレディ・パドゥとスティさんはニヤリと笑う。
左右から警備の兵達が集まってきているのだ。
そして、前には城壁が迫っている。
「さあ、追い詰めたわよ。捕えなさい!」
「追い詰められてなんかないんだな、これが」
黒装束は城壁の前に立ち、右手を振りかぶる。
「カーヴェ・ドゥーン!」
右の手のひらが城壁に触れると、城壁が3m四方ぐらい四角く割れて、向こうに飛んでいってしまう。
「なんたる魔力!」
「うーん、カムさんと同じぐらいの魔力がありますねー」
リエルさんやオネイさんも驚くほどの力、らしい。
そして、驚きの声はもう一つ。
「あぶねーだろうが! 新入りのくせに生意気だぞ!」
飛んでいく城壁を慌てて避けた、豚顔の巨漢だ。
それをみて、黒装束がまだ持っていた豚人形が叫ぶ。
「四天王ヨンブル様ばんざーい!」
巨漢の顔と、豚人形の顔はちょっと似ている。巨漢の顔がリアルタッチで、それを頑張ってデフォルメすると人形の方になる感じ。
「本体も豚なんだ」
「でも、本体の方がブサイクですわね。人形はまだ何とか可愛げがあるのに」
スティさんとレディ・パドゥの攻撃にたじろぐ四天王ヨンブル。
「四天王ヨンブル様ばんざーい!」
豚人形がフォローを入れるが、そこにリエルさんがため息混じりにコメントする。
「まあ、美意識は人それぞれですけど……自分に似せた人形に自分をほめたたえさせるって、ものすごくダサいですわね」
その言葉が止めになったのか、ヨンブルの頭から黒い煙が吹き出しはじめた。
「ええい、うるさい! お前ら全員、俺様の魔法で不眠にしてやる! そして、魔王フ・ミーン様復活の礎になるがいい!」
黒い煙からは、豚人形がどんどん湧き出てきた。
「「「「「四天王ヨンブル様、ばんざーい」」」」」
豚人形達がは、一糸乱れぬ動きで黒い魔法を解き放った!
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