第8話 エルフと親子丼!
「おかーさーん。女神さん、来たよー」
「えっ? 女神様?」
エルフの女の子に連れられて、家のキッチンまでズカズカ乗り込むオネイさん。
出迎えてくれたのは、女の子と同じく尖った目と耳の女性だった。三十代ぐらいのまだ若いお母さんに見えるが、耳の先端は力無くたれて、顔色は青く、頬もこけている。
これまで見てきたこの世界の人の中でも、かなり辛そうだ。
「あのね、お母さんはご飯が食べられないの」
「お恥ずかしいところをお見せしまして……」
エルフだからか、オネイさんが女神なのも普通に受け入れている。それどころか、カムにまでお辞儀をしてくれた。
「魔法よけの手袋を持ってるって話だったけど」
「ええ、今つけているコレです」
草の模様が刺繍された、薄い緑の手袋を示す。
周りに鶏肉とかタマネギとかが転がってる状況ではちょっと不自然だけど、魔法から身を守るためなら仕方ない。
「ちゃんとつけている時なら、呪いをはじけたはずなんですけど、たまたま外してた時にやられちゃって」
説明しながら、お母さんはオネイさんに椅子を勧め、開きっぱなしになっていた料理本を片付ける。
「後からつけるのでは呪いを弱めるだけで、解除までは至らないんです。『何も食べられない呪い』が、『食べたことがある料理は食べられない呪い』ぐらいまで弱まってはいるんですけど。おかげでお腹が空いて寝てもいられません」
なるほど。それで料理本を引っ張り出して、色々試していたらしい。
「食材丸かじりとかはどうですか!?」
いきなりズボラな提案をするオネイさん。
しかし、お母さんはちょっと目を伏せて首を振る。
「恥ずかしながら、昔やった事が……」
「そこの料理本は?」
「一通り試しちゃったんですよ。味付けをちょっと変えたりもしたんですけど、その程度じゃダメみたいで」
「どこまでが『食べたことのある料理』なのかがあいまいなの」
「昔はあちこち旅をしてきたので、その時に食べて忘れてるものとかもあるし……」
呪いの仕組みはカムにはよく分からないけど、食べた事が無い料理を探すのはなかなか大変らしい。
「えっと、僕がお手伝いできるかも」
「はっ、そうですよ! カムさんは異世界から転生してきてますからね。異世界料理なら、長生きしてるエルフでも食べた事が無いはずです!」
「本当ですか!?」
目を輝かせるお母さん。だが、そこに割り込んでくるマッチョがいた。
「おっと、そうはさせんぞ!」
「きゃっ!」
いきなりキッチンの窓から飛び込んできたキーロヒに、お母さんは思わず手元にあった包丁を向ける。
その切先をみて、キーロヒは怒り出した。
「いきなり包丁を突き付けるな! マナー違反だろうが!」
「ふほーしんにゅーの方が、よっぽどマナー違反よ!」
「マナーのレベルじゃ無いと思うけど」
この世界ではどうか知らないけど、日本なら立派な法律違反だ。オネイさんもしていたのは、この際水に流しておく。
「うるさいっ! 我輩のかけた呪いを、年下風情が勝手に解こうとは、許さんぞ!」
「だから、私は不本意ながら年上だって言ったじゃ無いですか」
オネイさんに指摘されてうろたえるキーロヒ。だが、そこに助けの手が!
窓の外に、仮面の黒装束が立っている。
仮面の男はボソボソと低い声で指摘する。
「じゃあ、お前が料理するのか?」
「う゛……」
オネイさんが呪いを解くなら『年上だから』で通るが、他の人だと年下になってしまう。でも、オネイさんに料理ができるわけがなく。
しかし……
「キーロヒさん、何歳なんですか?」
「俺様は325歳だ!」
カムの質問にポージングしながら答えるキーロヒ。
しかし、驚いたのはお母さんの方だった。
「えっ?」
「エルフママさん、失礼ながらお年は?」
「に……」
青ざめた頬を少し赤らめ、頬に手を添えて恥ずかしがるお母さん。
でも、今は恥ずかしがっている場合ではない。
「2024歳ですぅ」
カムの目論見通り。エルフだし、見た目よりは年上なんじゃないかと思ったのだ。
オネイさんも勢いづく。
「ほら、キーロヒ。なんで年上の方に勝手に呪いなんかかけてるんですか。失礼でしょう!」
「えっ、あっ……」
再度の助言を求めて窓の外を見るが、仮面の男は肩をすくめて逃げ出した。
「ちょっと、お前! 新入りのくせに!」
「今だ! 「ソ・クウォッチ・ニコマー!!」」
「そんな魔法でこの我輩が、グー」
立ったまま眠りにつき、そのまま薄れて消え始めるキーロヒ。
「これ、毎回言うの?」
「そういう魔法ですけど、何か?」
堂々いうオネイさんはさておき、エルフのお母さんは手近にあったおにぎりを食べようとする。が、もう少しで口に触れるというところで動きが止まる。
「四天王は倒したけど、呪いは解けてないみたいですわ」
「じゃあ、料理はしないと。えーっと」
カムはザッとキッチンを見回す。鶏肉、タマネギ、卵、ごはんも一応あるらしい。
「親子丼でいいかな。確か眠るのにもいいんです。トリプトファンが豊富だとか」
「なるほど、ではトリあえず親子丼で!」
宣言しながらも自分は椅子に座り込むオネイさん。
しかし、カムはそれを許さない。
「オネイさんは、ちゃんと料理を手伝ってください」
「お手伝いなら、私が」
そういうお母さんにカムは、首を振りたかったが首がないので、クッコロの布で女の子の方を指す。
「料理の方はなんとかします。お母さんは、娘さんの毛布を直してあげててください」
女の子の顔がパッと明るくなる。
エルフの親子が裁縫で、カムとオネイさんは料理。
醤油が無いので味噌っぽい調味料で味付けしたからちょっと風味は違うかもだけど、それらしいものは出来上がった。
「出来ましたよ。僕は味見できないから、ちょっと自信無いですけど」
「大丈夫! はじめて食べる味ですけど、美味しいです!」
試食担当のオネイさんが、皿を並べながら力説する。
丼もないから皿に平たく盛った形。お母さんはスプーンでご飯と卵をすくい、口に放り込む。
「あ、食べられる」
「うん、おいしーよ!」
「よかった。たくさん食べてね」
カム自身は食べられないが、3人が喜んで食べてくれたので一安心。
そして、食べ終わらないうちに女の子がうとうとしだす。
「食べたら、寝ましょう!」
「食べてすぐ寝るのは……」
「疲れてる時には言いっこなしです!」
お母さんは渋っていたが、カムが魔法でベッドを出すと観念したらしい。
「そうですね。まずは寝ましょう」
すでに目を閉じてしまっている女の子をベッドに乗せて毛布をかけてやり、お母さん自身も身体を横たえる。とすぐにくぅくぅと寝息をたてはじめた。
「親子丼のおかげですね!」
女の子の毛布から緑の糸が、お母さんから青い糸が出てきて、#5と#6の刺繍になる。
「これでタグも6つ。四天王も2人倒しました。魔王フ・ミーンを倒すのもあと少しですね!」
そう言って、オネイさんももぞもぞとベッドに這い上がり、カムの身体に頭を乗せる。
「カムさんにお願いして良かったですよー、ほんと」
「僕、役に立ててる?」
「大活躍ですよ!」
その評価に嬉しくなりながら、カムもオネイさんも眠りについた。
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