第7話 大事な布がビリビリに!

 翌朝に街を出て、丸二日ぐらい歩いたところで森に着いた。

 距離だけなら1日かからないぐらいだったのだけれど、途中で出会った熊だとかゴブリンだとかを片っ端から眠らせていたので遅くなってしまったのだ。


 そろそろレディ・パドゥが言っていたエルフの家の辺りかなと思ったところで、小さな女の子がしくしくと泣いているのが見えた。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」

「お嬢ちゃんってほど若くはないんだけど……」


 そう言いながら振り返った少女、目尻も耳の先もとがっている。明らかにエルフだ。


「アタシのお気に入りの毛布が破られちゃったの。アタシ、この毛布が無いと眠れなくって」


 本当にお気に入りなのだろう。話す間も、破れた毛布のはぎれをぎゅっと握りしめてはなさない。


「このせこい悪事……四天王の仕業ですね!」

「そ、そうなの?」

「そうに決まってます。これまでの四天王の行動をよく思い返してみてください」


 オネイさんに言われて、カムはこれまでを思い出す。

 スティさんに憑りついてカムたちを見張っているだけだったり、ささくれが治るたびにささくれになる魔法をかけに来たり。あと、箱をスティさんの家に放り込んだりか。


「確かにまあ、せこいというかみみっちいというか……」

「でしょう! だから子供のお気に入りの毛布を破くというこの情けない悪事も、四天王の仕業に違いありません!」

「情けない悪事などではなあぁぁいっ! 正義の制裁だ!」


 オネイさんの断言に、横から異論が割り込んできた。 


「我輩は四天王のキーロヒ! このガキが、年上の我輩に敬意を払わないという許されない悪事を行ったから、制裁として毛布を破壊したのだ!」


 無駄に変身ヒーローのようなポーズをしながら、マッチョな男が力説する。


「ガキ自身を八つ裂きにしてもよかったのに、毛布で済ませた我輩の慈悲に感謝するがいい!」


 筋肉を見せつけるようにポーズを変える四天王キーロヒ。ちなみに、肌にピッタリ合った黒いレオタードを着ている。

 あんまり見たくないのか、オネイさんは微妙に視線をそらして肩をすくめた。


「はいはい。子供相手にマジギレして八つ当たりしただけでしょ」

「お前も我輩に敬意を払わないつもりか、若造め!」

「大変遺憾ながら、オネイさんはこの世界の創造神なので、魔王フ・ミーンより年上なんですね。だから、魔王に作られた四天王なんかよりずーっとずーっと年上です」


 さすがにショックを受けたのか、大げさに頭を抱えるキーロヒ。


「な、なんだと……なぜ女神が動いているんだ!」

「見張りのひとから連絡行ってないんだ……」


 カムのツッコミはさておき、オネイさんはまだ微妙に視線をそらしたままキーロヒに指を突き付ける。


「年上に敬意を払えって言うなら、年上の私に敬意を払って、この子の毛布を直してお家に帰りなさい」

「ぐ、ぬ、お前のようなポンコツ女神に敬意を払う必要などないと我輩は判断する!」


 屁理屈をこねて指を突き付け返すキーロヒ。


「だったら」


 そこに割り込んだのは、小さな、でも決然とした意志。


「だったら、アタシもアンタみたいな奴に敬意を払ったりしないわ!」


 年齢に関係なく誰に敬意を払うかを自分で決めていいなら――まあ、それが当たり前だけど――結局『敬意を払わなかった相手への正義の制裁』という理屈自体が成り立たない。

 自分の理屈の矛盾を突き付けられてうろたえるキーロヒ。


(そういえば、動揺させないといけないんだっけ)


 トロシャを倒した時の事を思い出し、カムも口撃に加わることにした。


「そもそも、『自分の方が年齢が上だから従え』しか言えない時点でかなり情けないよね……」

「くっそー、覚えてろ!」


 呪文を唱えるよりも早く、キーロヒは逃げ出してしまった。


「あんまり覚えていたくないなぁ、あんなの」

「逃げちゃいましたね。まあいいか。それより毛布を何とかしないと」


 まだ毛布の端切れを握ったままのエルフ少女は悲しげに首をふる。


「ママなら直せるかもしれないけど、今は忙しいから後でって……」

「なるほど。ママさんの方も何かで困ってるみたいですね。そっちから助けてあげましょう!」


 そう言って家の方に向かおうとするオネイさん。

 カムは、一応聞いておくことにした。


「オネイさんは直せないの?」

「長生きしてもね、得意にならない事ってあるんですよ」


 遠い目で明後日の方を見るオネイさん。

 やっぱり。なんとなく予想は出来ていたので、あんまり気にせずエルフのママさんに会う事にしよう。

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