第4話 乙女のお部屋におジャマします
お昼前、言われた通りにやってきたカムとオネイさん。
ほとんど同じ形の小さな家がずらっと並んでいるが、オネイさんは迷うことなく一軒の家のドアをノックする。
「スティさーん、来ましたよー」
ドタバタ音がしていたのが一旦止まり、中からスティさんの声が返ってきた。
「え、もうですか! ちょっと待ってください、あとちょっと」
「待ちましょう」
「うん、まあいいけど」
カムはオネイさんに抱えられているだけなので、待つのはそんなに苦ではない。
相変わらずどんよりした赤い空の下、うつむいたままこちらを見もせずに歩く人を数えていたら、2桁になる前に扉が開いた。
「お待たせしました」
「気にすることはありません、
待たされたことを怒りもせず、穏やかな微笑みでねぎらうオネイさん。
スティさんも何かを悟ったような顔になる。
「……あなたもですか」
「丸1日でも足りるかどうか」
カムにはよく分からないやり取りをしながら、オネイさんは家の中に入る。
「では、ご内見……。きれいなもんじゃないですか」
オネイさんの言うとおり、今さっき掃除が終わったみたいにピッカピカである。
外から見た通りそんなに広くはなくて、テーブルと椅子が二つだけ置かれたシンプルな居室だ。
「この家に、お化けが出るんですか?」
「ええ、夜に小職が寝ようとすると、それを妨害するかのように現れて……。じゃあ、昼寝と思ったらそれもダメで」
「なるほど。じゃあ、カムさん。早速寝てみましょう」
ちょっと怖いけど、嫌とは言えない。
スティさんも居室から奥に続く扉を開けて待っている。
扉の向こうは短い廊下になっていて、扉が二つ。
「寝室はこっちです。あ、そこの扉は
「わかりました。いいですね、カムさん」
「あっ、ハイ」
有無を言わさない2人分の迫力に、カムは素直に了解するしかない。
寝室の中には、クローゼットと鎧を着せられたトルソー。そしてベッドとその上に立っているお化けがいた。
お化けがいた。
しかも、入ってきた3人をいきなり怒鳴りつける。
「いーかげんにしなさいよ! このあたしが眠れてないのに、なんで真昼間からグースカ寝ようとするわけ!」
「ひぁっ! もう出てるだなんて!」
スティさんは怖がっているが、シーツをかぶっているようなシンプルな姿にさほど恐ろしさは無い。
というか、シーツの下から出ている細い脚とか、穴から覗く青い目とかからして、子供がシーツをかぶってイタズラしているような可愛らしさがある。
向こうが透けてるから、確かにお化けではあるんだろうけど。
「出ましたね、お化けさん!」
何だか妙にうれしそうなオネイさん。
カムも怖くは無くなったので、積極的に話しかけてみる。
「お化けさんも、眠れないんですか?」
「というか、お化けにならないで永遠の眠りについて欲しいんだけどなー。女神としては」
「あたしだってそうしたいわよ! でも……」
言いよどむお化けに、オネイさんは容赦しない。
カムをつかむと、有無を言わさず呪文を唱える。
「「クッコロー!」」
カムから伸びた布が、お化けをくすぐり始める。
「ちょ、な、何なのよこれ、アハハッ」
「お化けでもくすぐったいんだ」
お化けに触れるのも、お化けがくすぐったがるのもびっくりだけれど。
ベッドの上を転げまわっているから、そういうものなのかもしれない。
「さあ、喋らないと延々くすぐり続けますよー」
「やめ、ああ、もう、箱よ! あの箱の中身を処分しなきゃ眠りになんかつけないの!」
あんまり転がるものだから、被っていたシーツはもう脱げてしまっている。
中から出てきたのは、十歳ぐらいの金髪の女の子だ。
「箱?」
「言ったんだから、止めてよこの布!」
「何が入ってるんですかぁ」
「言えない!」
「言わないと、もっと激しくしちゃいますよ」
「それでもいやっ!」
拒絶の言葉と同時に、くすぐっていた布が弾き飛ばされる。
これには流石にオネイさんも目を丸くした。
「むぅ、ここまで嫌がるとは大したものですね」
くすぐりが止まったので、お化けの女の子は身体を起こし、乱れた髪を整えながらオネイさんを睨みつける。
「箱の中身は、あたしの黒歴史なの。見ずに処分してくれたら、永遠の眠りについてあげるわ」
「なるほど、まあいいでしょう。スティさん、箱を出してください」
「箱って言われても……心当たりがないんですけど」
スティさん、扉の陰に隠れたまま首を振る。
シーツがはがれても、まだお化けが怖いらしい。
「さっき、アンタにあっちの部屋に放り込まれたわ。他のガラクタと一緒に」
「ええー、あの中から探し出さないといけないんですか?」
「探すまで、たたり続けてやるわよ」
「う゛……」
言葉に詰まったスティさんが、視線をオネイさんに向ける。
「まく、じゃないや女神さま……」
せっかく女神と認めてもらったけれど、オネイさんは悲しそうに首を振るだけ。
それを見て、スティさんも諦めたらしい。
「うう……女神さまはともかく、カムくんに見られるのは恥ずかしい……」
「大丈夫ですよ、僕、お手伝い頑張りますから!」
スティさんがべそかきながら開けた扉の向こうは、かつてはキッチンだったようだ。
今は、控えめに言って物置になっているが。
さっき慌てて散らかっていたものを押し込んだのだろう。まともに整理もされずに床に物が散らばっている。
「ここから探すのか……」
流石にカムもたじろぐレベル。
でも、オネイさんは平気そうだ。
「カムさんがいれば簡単ですよ」
「え?」
「クッコロの魔法を使ったら、手がたくさんあるのと同じですから」
その通りだった。
無数の布が、手の代わりに物をどんどんどけて行ってくれる。
何をどこに置くのかはカムが考えないといけないけれど、そこはスティさんが指示を出す。
お化けの女の子も、「あっちのほうな気がする」と箱のだいたいの方向は教えてくれたので、思ったよりも作業はスムーズに進んだ。
時々スティさんが悲鳴をあげながら、カムが拾い上げたものを奪い取るというアクシデントをはさみつつ。
異変が起こったのは、概ね床が見えるようになってきたころ、赤い布の塊のようなものを拾い上げた時だった。
布が突然ほぐれたかと思うと、カムに向かって覆いかぶさったのだ。
お化けの女の子が咄嗟にカムの前に立ちふさがるが、あっさりとすり抜けてしまう。お化けだし。
「ちょっと、枕ちゃん! 大丈夫!?」
「大丈夫ですよー。こんなところにタグがあるとは思いませんでしたけど」
オネイさんの言うとおり、カムの枕の身体に#2のタグが赤い糸で刺繍されていた。
そして、20センチ角ぐらいの平たい箱が、カムの上に鎮座している。
「あ、それよそれ!」
お化けが拾い上げようとするが、上手く触れないらしくはじかれてしまう。
赤地に金色でツタのような模様が描かれた高そうな細工物の箱だ。
正面にはカギ穴があるから、貴重品入れなのだろう。
スティさんは首を傾げた。
「そんなオシャレな箱、持ってた覚えがないんですけど……」
「一月ほど前、なんかブタみたいな人形に放り込まれたのよ」
「何ですか、それ。小職、悪くないじゃないですか!」
「知らないうちに物が増えてて気づかないような生活してるのが悪いのよ!」
お化けの女の子の指摘に撃沈されるスティさん。
それは無視して、オネイさんが箱を拾い上げた。
「じゃあ、ぶっ壊しますか」
「壊さないでよ! カギを開けてちょうだい。でも中は見ちゃダメ」
「えー、こういうチマチマしたのは苦手なんですよね」
ちゃんとしたカギが無いのに開けるのは、確かに難しそうだ。
オネイさんは指をカギ穴に突っ込もうとするが、もちろんそれで開くわけがない。
「お爺さんなら、開けられるかも?」
「えー、さらに知ってる人が増えるの?」
カムの提案に、お化けの女の子は口をとがらせる。
「中は見ないようにってお願いするから」
「……わかった。枕ちゃんが言うなら、信じてあげるわ」
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