第3話 こんな辱めにあうなんて!

「サルヴィノ! サルヴィノ!! いないのか!!」


 ドンドンドンドン!

 乱暴に扉を叩く音で、カムは目が覚めた。


(サルヴィノは……お爺さんの事かな?)


 だが、カムが扉を開けることは出来ない。

 自分の家じゃないから開けていいかどうか分からないし、そもそも枕だから動けない。


「お爺さん、起きて―」


 そう言って、起こそうとしてみる。少し体も動いたが、のたうつ程度。

 睡眠不足のお爺さんを起こすには力不足だ。


「オネイさん、起きてってば」

「むぅ、そんなかたいの、食べられないですよ」


 こちらもダメ。


 そうこうするうちにバキンと音がして、扉が開く。

 入り込んできたのは、長身の女性だった。栗色の長い髪が後ろで一まとめにされて揺れている。厚手の服の上から胸の辺りを覆う鎧をつけていて、剣を下げているから兵士なのだろう。

 でも、やっぱり顔色は良くない。目の下のクマなんて、そういう化粧かと思うぐらいだ。


「なんですかもう、うるさいですよ」


 やっと体を起こしたオネイさんと目が合うと、女兵士は猛然と怒り出した。


「な、な、な、何たるハレンチ! レディ・パドゥから頼まれた仕事をほっぽり出して、若い女と同衾していたのか、サルヴィノ!」

「どーきんって何?」


 聞きなれない単語に、思わず質問してしまうカム。


「男女が同じ布団で寝ることだ!」


 お爺さんは男で、オネイさんは女。カムが出した布団で一緒に寝ていたのは間違いない。

 でも、怒るような事だろうか?


「どーきんすると、何かいけないんですか?」

「何がいけないって、それはその……ってなんであたしは枕と会話してるんだ!?」


 女兵士は何故か真っ赤になって口ごもった後で話題を変える。

 そこでようやく起きたお爺さんが会話に参加してきた。


「ああ、良い子じゃろ、この話す枕」

「カムです」

「カムくんか。おかげですっかり疲れも取れたよ。ありがとう。こんなに良く寝たのは何週間ぶりか」


 たしかに、伸びをするお爺さんの顔色はすっかり良くなっている。

 喜んでもらえれば、カムとしてもうれしい。

 しかし、女兵士はお爺さんの方に矛先を変える。


「サルヴィノ! レディ・パドゥのメガネは出来てるんだろうな!」

「期限は明後日、じゃない明日じゃろ?」

「今日は29日ですよ」

「え、30日じゃ……」


 お爺さんとオネイさんから指摘され、女兵士は短いスカートのポケットからメモを出して確認。

 その後、お爺さんに向かって素直に頭を下げた。


「すみません。間違えました。最近眠れていなくてぼーっとすることが多くて……」


 が、次の瞬間、頭を振り上げてオネイさんを指して叫ぶ。


「それはともかく、その女はなんだ!」


 忙しい人である。

 しかし、話を振られたオネイさんはむしろ嬉しそうに胸を張る。


「よくぞ聞いてくれました。わたしこそめが……」

「枕屋の嬢ちゃんじゃ。このカムくんの造り主じゃな」

「いやあの、わたしはめ……」

「なるほど、つまり枕の営業に来ていただけか」


 納得したらしく、再び丁寧な口調に戻って頭を下げる女兵士。


「誤解して申し訳ありませんでした。枕屋さん」

「そうじゃないですぅ……」


 何度も名乗りを邪魔されて涙目になるオネイさん。

 しかし、女兵士は全く気にせず、礼儀正しく自己紹介を始める。


「小職の名はスティ。この国で騎士に任じられています」


 スティさん、女兵士じゃなくて女騎士だったらしい。


「カムさんでしたっけ。確かに良い枕ですね」


 女騎士スティはカムを拾い上げ、その体を撫でまわす。

 気を取り直したオネイさんが早速売り込もうと距離を詰める。


「そうでしょう。騎士さんも一度寝てみますか?」

「いや、その……小職はちょっと寝るのは遠慮しておきます」


 丁重に断る女騎士。しかし、一瞬嬉しそうな顔をしたのとオネイさんは見逃さなかった。


「どうしてですか!? 寝るってとっても気持ちいい事ですよ!」

「顔が近いです、枕屋さん!」


 顔が触れ合いそうな距離までガンガン押して行ったのだが、女騎士の腕力に押し返される。

 しかし、それで諦めるオネイさんではない。


「話してくれないなら、身体に聞くまでです。カムさん、一緒に唱えてください!」

「「クッコロ!」」


 呪文を唱えた瞬間、カムの枕の身体から幾本もの細い布が飛び出す。

 咄嗟に剣を抜く女騎士。

 しかし、切り裂けた布は1枚だけ。

 他の布はするりと剣をよけ、女騎士の脇を、脚をくすぐり始める。


「あはっ、あははは、あはっ。やめっ、はふぅ。いやぁぁ!」


 あっさり剣を取り落とし、涙目で笑いながら床に転がる女騎士。

 布はそれでも容赦せず、女騎士のブーツを脱がせて足の裏をくすぐる。 


「オネイさん、やりすぎじゃない?」

「ですねー、思ったより感じやすい人だったみたいです」


 さすがに、声も出せずにビクンビクンしてるのは見ててかわいそう。

 オネイさんがうなづくと、布は女騎士を離して少し下がった。


「で、なんで眠れないんですか?」

「眠れないのは、寝ようとするとおば、じゃない悪霊が出るからですぅ!」


 息も絶え絶えだが、何とか答える女騎士。


「お化け? どこに?」

「うう、騎士たるものがこのような辱めに……」

「もう一回かけますか?」

「小職の家に、勝手に入り込んでるんですよぉ! 寝ようとすると邪魔してくるんです!」


 床にへたり込んだまま、少しでも布から逃げようとする女騎士。


「お化けでも悪霊でも、ササっと追い払ってあげますよ。なにせ私は……」

「枕屋さん、そんなことも出来るのかの?」

「枕屋じゃないです! 女神です!!」


 ようやく名乗りをあげられたオネイさん。

 しかし、反応はよろしくない。


「めがみぃ?」


 女騎士は露骨に怪しんでいるが、お爺さんがポンとその肩を叩いた。


「枕、売れとらんみたいでな」

「あ。そういう……」

「ち~が~う~」


 視線は一気に同情に変わったが、それでも気に入らないオネイさん。

 カムを掲げて宣言する。


「ええい。じゃあそのお化けをわたしとカムさんでさらっと追い払ってあげます。そうすれば、私が女神だってはっきりわかるはずですから!」

「でも、お化け退治なんてできるの?」


 カムには当然、お化け退治の経験はない。というか、ちょっと怖い。

 しかし、オネイさんは自信満々だ。


「余裕ですよ! さあ、騎士さんのお家に行きましょう!」

「え、うちに来るんですか!?」

「そりゃ、行かないと払えませんよ」


 しかし、女騎士は何故か視線を宙に泳がせた後、指を一本立てた。


「ええと……一刻後でどうでしょう」

「え、すぐ行かないの?」


 お化けが怖いなら、さっさと払った方が良いとカムとしては思ったのだけれど。

 しかし、オネイさんは何かを察したらしく、真剣な目で問い返す。


「一刻で、大丈夫ですか?」

「……お昼前でお願いします」


 結局、さらに延長された。

 カムとオネイさんはお爺さんが眼鏡を完成させるのを見届け、昼近くになってから教えられた住所に向かうのだった。

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