第5話 乙女の秘密が見られちゃう?

 オネイさんが工房の扉を叩くと、すぐにお爺さんが出迎えてくれた。


「お帰り。ん、なんじゃいその子は」


 早速お化けの女の子に気づくお爺さん。


「あ、見えるんだ」


 ここまですれ違った町の人たちはみんな無反応だったから、もしかして他の人には見えないのかなと思っていたのだけれど。

 カムはスティさんの家での出来事をかいつまんでお爺さんに説明する。


「なるほど、スティさんちに住み着いたお化けか」

「で、あなたはこの箱を開けられるの?」


 お化けの女の子が急かす。

 お爺さんはお化けに迫られても気にしていないようで、工具箱を探す。


「専門家じゃないが、まあ使えそうな道具は持っとる。カムくんの頼みなら、やってみせよう」


 そう言って取り出したのは、金属の棒とペンチだった。

 2本の金属棒の先端をペンチで曲げると、両手に1本ずつ構えるお爺さん。

 お化けの女の子も、オネイさんも興味津々である。


「こんな硬いのを入れるの?」

「ちゃんと濡らせば傷はつかんよ」


 そう言うと、お爺さんは油を少し鍵穴に注ぎ入れる。

 まず左手に持った少し太い方を深く入れ、右手の細い方で手前から順に押し上げるようなしぐさを続ける。

 5回ぐらい押し上げたところで、ジャリっと何かが動く音がした。


「ちょっと、乱暴にしないでよ!」

「大丈夫じゃ、心配するなて。もう半分」


 お化けの抗議をなだめながら、作業を続けるお爺さん。

 もう5回押し上げたところで、鍵穴が回り始める。


「あ、上手いじゃない、お爺さん」

「テクニシャンですね~」

「あとは、奥のところを押して、クリっと」


 お爺さんが左手をひねった瞬間、箱のフタが跳ね上がり、眩しい光がさく裂した。


「おおっと!」

「きゃぁ!」


 お爺さんもオネイさんもお化けも思わず目を覆う。

 カムの目がどこなのかはよく分からないのだけれど、眩しくて見えなくなってしまったのは同じだ。


「そういえば正規のカギを使わないと罠があるんだっけ」

「そういうことは先に言ってよ、お化けさん」

「ごめんごめん」


 一番早く見えるようになったのは、お爺さんだった。

 カギ穴をのぞき込むために片目をつぶっていたからだろうか。

 左目だけをあけて、開いた箱を持ちあげる。


「まあ、開くのは開いたが……」

「ちょっと、勝手に漁らないで!」

「と言われてもの」


 お爺さんが箱をひっくり返すと、さらさらと砂が落ちてくるだけだ。


「最後に開けたのが何年前か知らんが、とっくに風化しとったようじゃ」


 お化けの女の子はぽかんと口をあけたまましばらく止まっていたが、やがておかしそうに笑いだした。


「あははははっ! なぁんだ、とっくの昔に無くなってたんだ」


 お化けはカムをぺしぺしと叩いて――まあ、すり抜けるのだけど――ひとしきり笑った。

 笑いながら、その体がもっと透けていく。


「じゃ、あたし昇天するんで。でも、枕ちゃんの活躍はあの世から見守ってるからね」


 それだけ言い残し、お化けは消えてしまった。

 箱の中からしゅるりとオレンジの糸が出てきて、カムの身体に#3のタグを刺繍する。


「やー、黒歴史が灰歴史になって、お化けさんは無事昇天。カムさんにはタグもついて、万々歳ですね」


 オネイさんも晴れやかな笑顔でスティさんの肩を叩く。


「じゃあ、スティさんもちょっとカムくんと寝てみますか」

「そうはいかん」


 スティさんの声は、妙に低く、エコーもかかっていて何だか別の人みたいだ。


「え、でももうお化けも出ませんよ」

「そうはいかん」

「あー、スティさん枕が変わると寝られないタイプですか。可愛いですねぇ」


 まるで気にしないで話を続けるオネイさんに、スティさん(?)がキレた。


「ええい! わざわざ口調も声音も変えているんだから気づけよ、ヘボ女神!」


 スティさん(?)は大げさに両手を広げた後、ビシッっとオネイさんを指さして名乗る。


「俺はフ・ミーン四天王の一人、トロシャ!」

「フ・ミーン四天王だって!」


 そう言えば、魔王フ・ミーンという敵がいる話だったのだ。

 魔王というからには部下がいて当然。四天王というからには幹部格に違いない。

 驚くカムに気をよくしたのか、トロシャは得意げに言葉を続ける。


「この女騎士に憑りついて、お前たちを見張っていたのだ!」

「……憑りついて、何をしていたんですか」


 ゆっくりと、でも言い逃れを許さない厳しさを秘めた口調。

 オネイさんからの圧力が、カムにも感じられる。

 直接視線を向けられているトロシャにはもっと圧迫感があるだろう。


「え、いや、その、お前たちを見張って……」

「おっさん臭い四天王が、うら若き乙女の身体に憑りついて、何をしていたんですか」

「いや、俺は別に……」

「見張ってたという割には、別に妨害もしてなかったの。隙を見て箱を奪うとかもできたじゃろうに」


 お爺さんのツッコミも追い打ちになり、トロシャは肩をすぼめてもごもごと言い訳する。


「俺は別にエッチな事をしてなんか……」

「今だ! カムさん、行きますよ!」

「「ソ・クウォッチ・ニコマー」」

「そんな魔法でこの俺が眠らされるわけ……、グーグー」


 セリフの途中で眠ってしまったトロシャが前のめりに倒れはじめる。


「ほいさっ」


 オネイさんがカムをうまい具合に投げ入れてくれる。

 四天王トロシャが憑りついているとはいえ、身体はスティさんだ。起きたら鼻が潰れているのはかわいそう。


「いやー、あっさり動揺する雑魚四天王で助かりました。さすがは一人目!」


 カムを枕に眠るスティさんの身体から、黒い霧のようなものが抜けて消えていく。


「動揺させる必要があったの?」

「この魔法、寝ないぞーって思ってる相手にはなかなか効かないんですよ。四天王は魔王の不眠エネルギーの塊ですからね」

「この黒い霧が、四天王なのかの?」

「ですね! 不眠エネルギーの塊なのに寝ちゃったから、自己矛盾で消滅してるんです。あとはスティさんが十分眠れば、もう憑りつかれることは無いでしょう」


 気持ちよさそうに眠るスティさんを見て、お爺さんも眠くなってきたらしい。

 両手の人差し指を合わせてピコピコさせながらカムにお願いしてくる。


「わしも一緒に寝ていいかのう?」

「いいですよ」

「みんなで寝ましょう。4つ目のタグを得た今のカムさんなら、10人ぐらいでもいけるはずです!」


 オネイさんの言うとおり、『キョウ・イエニダ・レモイ・ナイノー』の魔法を使うと5人ぐらいは楽に寝れそうな大きなベッドが出てきた。

 もう少し大きくできそうだったが、家具を押しのけても良くないので、ほどほどのサイズで止める。

 

「わっほーい!」

「オネイさん、スティさんが寝てるんだから、静かにしてください」

「はーい」


 嬉しそうに飛び乗って跳ねるオネイさんと対照的に、お爺さんは靴を脱いでゆっくりとベッドに上がり、カムの身体に顔をうずめる。


「いやはや。わし、もうカムくんとしか寝れないかもしれん」

「ふっふっふ、そのカムくんを転生させた私を尊敬しても良いんですよ」

「うむ、大したもんじゃな、枕屋さん」

「まだ認めてもらえないんですか!」


 そんなオネイさんの嘆きを聞きながら、3人は今日もすやすやと眠りに落ちた。

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