04 婚約者アンジュ・ロージェルのこと
アンジュ・ロージェルという女性が変わり者であることは事実だった。
なにしろ黒竜公カイル・エヴァリストとの婚約という他のご令嬢方なら涙を流して喜ぶだろう好条件の結婚にも気が進まないようすで、伯爵家を訪ねて共に庭園を散歩したりお茶を飲んだりしていても居心地が悪そうにしていた。
「そんなに俺との結婚が嫌?」
気になってカイルは尋ねてみたことがある。
ロージェル領の広大な平原を馬で駆けていると風そのものになったような心地が爽快だ。王国の北に位置するエヴァリスト領とは違って、南西部に位置するロージェル領は温暖な気候ゆえに雪も深くないようで住み心地もよさそうな土地だ。離れがたいと感じるのもわかる気がする。
馬の蹄の音に紛れて聞こえなかったかと思ったが、アンジュは「そういうわけでは」と思わずと言った調子でこぼした。
「自分が結婚するとは思っていなかっただけです」
「こんなに君は魅力的な女性なのに?」
「閣下が欲しいのは私の聖力でしょう」
醒めた眸でアンジュは言い放った。
時々彼女は、自分自身には何の価値もない、とでも言いたげな顔をすることがある。そういうときカイルはなんとしてでもその考えを打ち崩してやりたくなるのだった。
「君は美しい」
大体の女性が目を潤ませて喜ぶ必殺の言葉さえもまるで響かないようで、そうですか、とアンジュは淡々に受け入れるにとどめた。
「私の容姿はラヴィエラによく似ているそうですよ」
「聖女に……?」
「ええ、『元聖女』のラヴィエラに、です」
だから見た目を褒められてもあまり嬉しそうではないのか。ならば何を褒めれば彼女は喜ぶのだろう。何を言えば彼女への想いを示せるのだろう。カイルはしばらく考えて、言った。
「君は心優しいひとだ」
「は……?」
「俺が新月の晩に、レーヴァテインの侵食によって倒れたとき、自らの力を惜しむことなく使った……その力のことを、周りには秘密にしているのにもかかわらず、ね」
それは、と言いかけてアンジュは口ごもった。
「放っておけなかったんだろう。見ず知らずの相手だろうと、目の前に苦しんでいる者がいたら」
「――そんなの、当たり前では」
「いくら君が否定しようと、俺の目には君が聖女にしか――愛すべき女性にしか見えない」
そう告げると、深く息を吐きだしてアンジュは騎乗した馬をくるりと方向転換させた。
戻りましょうという言葉にうなずきながらも、彼女の耳朶が紅く染まっていたことにカイルは気が付いていた。
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