03 婚約の挨拶を伯爵家へ
カイルが正式にアンジュ・ロージェル嬢に求婚すると予想外にロージェル家自体もこの婚約を快く思っていないことがわかった。夫妻、特に伯爵は彼女をずっと手元に置いておくつもりだったらしい。
アンジュ抜きで話をしたときも「どうしてあの子なのでしょうか」と特にサイラス・ロージェルが強く尋ねてきた。
「そうですね……かねてからアンジュ嬢の噂は耳にしておりまして。先日の夜会で初めて言葉を交わして以来、彼女のことしか考えられないのです」
などと言っても信じないだろう。
さんざん浮名を流してきた過去があるし、こうして婚約を申し込むためにも友人たちともお別れをしてきた。ただ後腐れがない関係だと思っていたのはカイルの方だけだったらしく「嫌よこれで終わりだなんて」と縋りつかれるという事態に発展したのは計算外だった。
自堕落な生活を送って来たツケを払わされたわけである。誠意を示したものの、最終的には数発頬を張られて――しばらく人前には出られない顔となった。
腫れが引いてから、こうしてご挨拶に訪れたわけだが――複雑な表情を浮かべるロージェル伯爵を眺めていたカイルに、妻のアンネが「申し訳ありません」と苦笑しながら声を掛けてきた。
「夫はアンジュが『嫁には行かない』と口癖のように言っているのを真に受けていていたようで、ショックを受けているんです」
「アンネ……! 違う、決してそんなことは」
「あるでしょう――? 晩酌のたびに言っているじゃないですか。アンネは賢いから、領主補佐としてゆくゆくはトビアスに力を貸してもらうことになるだろう、なんて」
「ぐう……」
がくりと伯爵は項垂れた。どうやらロージェル家ではアンジュは楽しく過ごしているようだった。この家において異母子であるアンジュは複雑な立場のはずだが、ロージェル夫人もけろりとしたようすで夫をからかっている。
ずいぶん仲がよさそうだ、と感心していると夫人は「でも私も心配は心配ですの」と夫を援護するようなことを言った。
「アンジュは家族以外とはまともに付き合いがなくて……お友達と呼べるような相手もほとんどいない、ものですから。まずはお友達から始めていただいた方がよいのではないか、と」
そんな馬鹿な。と言いかけた口を慌ててぎゅっと引き結んだ。此処で引いてしまうわけにもいくまい。
「――愛しているのです」
「……なんですって?」
唐突な告白を受け、さすがにロージェル夫妻も呆けていたようだったが、カイルはそのまま押し通すことにした。
「アンジュ嬢の見目だけではなく心優しいお人柄もすべて、愛おしく思います」
「は、はぁ……」
「ぜひ、彼女を公爵家に迎え入れたいと考えています。ご検討いただけますか?」
こうまで言ってしまえば家格の差から言っても断られることはないはずだ、そう思っていたときである。
「父上、姉上が結婚なさるというのは本当ですか⁉」
ばん、と勢いよく応接の間の扉が開かれ、少年が駆けこんで来た。まさに思春期という感じの年頃だ。茶色の巻き毛が父親そっくりなので彼がアンジュの異母弟にあたるトビアス・ロージェルだろう。
「トビー、あなたどうしたの。学校は?」
「姉上の一大事と聞いて、もういても経ってもいられず外出願いを届け出てきました」
言い終えるなり、きっと生意気そうな目をカイルに向けてきた。値踏みするような視線には慣れているがこうあからさまにぶつけられるというのも新鮮で面白い。思わず笑ってしまうと、少年を刺激してしまったようで「何を嗤っている!」と憤慨されてしまった。
「いえ、未来の
「こ、黒竜公……どうかそのくらいで」
父親のロージェル伯爵がいまにもカイルに飛び掛かって来そうなトビアスを羽交い絞めにしていた。血の気が多いようだ、若い若い。
伯爵家の
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