08 朝のひかり

 寝室にやわらかく朝の陽ざしが差し込んでくる。さすがに使用人は起こしに来なかったらしく、大きなベッドの上でアンジュは軋む身体をゆっくりと伸ばそうとして、気が付いた。


 動かない。身体が、何かに押さえ込まれて身動きできない。


 それが何であるかわかったのは「あ、起きた……?」と掠れた声で呼びかけられたからだった。


「カイル、様……」

「あは寝ぼけてる。可愛いなぁ」


 つん、と指で頬に触れられた直後、口づけられた瞬間にアンジュは一気に目が醒めた。

 腕の拘束から抜け出ようとしたが強固な守りに脱出はあえなく失敗。強く抱きしめられたまま旦那様のご尊顔を仰ぎ見ることとなってしまった。


 寝起きとは思えないほどの、ふにゃふにゃさとは無縁の凛々しく整った顔立ちに目が潰れそうになる。対する自分はひどくだらしない顔をしていることだろう。よだれの痕でもついていたらどうしよう。

 寝間着の袖でごしごし擦ろうと思ったところで、自分が一糸まとわぬ姿であることに気が付いた。


 そうだ、昨夜は――思い出しただけで顔から火が出そうになる。慌ててシーツを身体に巻き付けようとしたがそれさえもカイルに阻まれてしまった。


「カイル様!」

「ん? 何かな? 俺は君の身体をもう少し堪能したいと思っているだけだよ」

「もう朝なのですからご冗談はおやめください」

「新婚だから良いじゃない」

「よくありません!」


 ぐいぐいとたくましい胸を押して、距離を取ろうと思ったとき彼の胸の黒い傷痕が薄れているのが目に入った。アンジュの視線を辿って、カイルも自らの胸元に視線を向ける。


「……ああ、これ? 君のおかげかもね――君と同衾したおかげでアンジュの聖女の力が俺の中のレーヴァテインに作用した、なんてことだって有り得ないことじゃないだろう」

「そんな……」

「だったらいいな、と思わない? 君と仲良くする口実が出来る」


 そう言われるとアンジュは困ってしまう。嫌だ、と言いづらくなってしまうではないか。どうせこれからも何の役にも立たないと思っていた自分の力が、現実にカイルの役に立っている。そのことが嬉しいのも確かだった。

 と思ったところでアンジュははたと気が付いた。


「……お待ちください。聖女ラヴィエラ――母は身体に子を宿したから聖力を失ったのですよ? それなら……こ、こういったことをするのを控えた方がカイル様のためなのでは」

「あー、そういえばそう言われているんだったっけ」


 あまりに危機感がないようすにアンジュは苛立った。


「そうです。だから私とはそう――傷の手当てをするための行為にとどめて、閣下の後継者のために、愛人などをおつくりになられてはいかがでしょうか⁉」

「んー……初夜の翌朝に愛人を作れ、って妻から言われる夫なんて俺ぐらいじゃないか?」

「私は合理的な方法を提案しているだけです」


 自分でもさすがにどうかとは思うのだが、朝になって冷静に頭が働いてきた。

 結果、アンジュは顔面蒼白になったのだった――もし私が子を宿してまた「無能」になってしまうとしたら、ここにいる意味さえ消失してしまう。


「……あの話、妙に気になるんだけどな」

「気になる、というと」

「可愛い妻を可愛がれないなんてさすがに悲しすぎるから、少し調べてみようかなと思ったってだけ」


 ぎゅ、と素肌のままで抱きしめられると変な感じだ。服を着ている時では聞こえてこないカイルの心音が胸から直に聞こえてくる。


「っ、カイル様……!」

「ほら、抱き合うのって気持ちがいいだろう? それだけでも価値がある。そうだね、しばらくはこうやって眠るということで手を打とうか。甘い蜜月を我慢しないといけないのは辛いから俺の腕の見せ所、ってところかな?」

「何をおっしゃっているのかわかりかねます」


 気持ちがいい、とか悪いとかそういう問題じゃない。

 アンジュはいまも心臓がうるさくてかなわないのに。平然とベッドの上でじゃれ合おうとする神経が信じられなかった。しかも空気を読んでしまったのか、このあと誰も起こしに来なかったのでこの甘ったるい地獄が長く続いてしまったのであった。

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