15 ロージェル伯爵令嬢

 ロージェル伯爵領にて幾度目かの春を迎え、アンジュは18歳になった。


 燦燦と降り注ぐ日差しをつばの広い帽子で遮り、アンジュは花園の手入れを手伝っていた。手伝うといっても、園丁の言葉どおり鋏を入れて剪定したり、雑草を抜いたりと地道な作業ばかりで――トビアスに言わせれば「変わり者の姉上」として日々過ごしている。


「お嬢様が来ると不思議と花が元気になるんですよね」


 額に滲んだ汗をぬぐいながら園丁のリックが破顔する。そんなわけはない、と笑みを返しながらも自らの聖力が呼応していることにアンジュは気づいていた。

 あれからラヴィエラの起こした奇跡についても少し学んだから知っている。「聖女」という存在そのものが、力を常に放っており身近な生物の気力や体力を増幅させる効能を持っているらしい。だからその影響を庭園の花も受けているのだろう。


 自分がその「聖女」であるとは思えない。ちょっとした能力こそ受け継いでいるが、アンジュにラヴィエラのようなカリスマ性はない。人付き合いもあまり得意ではないし、会話を弾ませることも不得意だ。なんとなく一緒にいる程度の知人はいても、心の友と思えるような友人もいなかった。


 それに相変わらず――このロージェル家でも浮いている。

 輪の外側にいるという方が正しいかもしれない。伯爵夫妻はアンジュに親切だったし、トビアスも可愛げが出てきてはいたが相変わらず俯瞰してこの家族のようすを見守っていた。


 優しいひとたちの中で自分だけが異質で、よそ者だ。そんな感覚は拭い去ることは出来ずにアンジュは日々を積み重ねていた。


「姉上! またこんなところに……」


 たたたた、と軽い足音を立ててトビアスがアンジュのもとへ駆けてきた。

 男の子の成長は早いもので、ここ一年でぐんと大きくなってアンジュよりも背が高くなってしまった。声も最近掠れ気味で、これが声変わりというものなのだろうと感心して眺めていた。


「父上が探していましたよ」

「お父様が……心当たりがないわね」


 くく、とトビアスが悪戯っぽく笑った。


「まーたケイトが暴れて、父上が大事にしている瑛蘭国の壺を割ったんじゃないですか?」

「そんな恐ろしいこと言わないで。それにケイトは賢いから絶対に壊してはいけないものには手を出さないわよ」


 我が物顔でロージェル伯爵邸を歩き回っている猫の姿を思い浮かべた。ケイトと名付けられ、使用人含めたロージェル家の人々に可愛がられているのでやせぎすの仔猫はふくふくと大きな成猫に育った。

 悪戯好きなために、しばしば手を焼いているのだけれど――主人であるサイアス・ロージェルも可愛がっているのでおとがめなしで済んで来た。


 嫌な予感が頭をよぎりながら、トビアスとリックを残してアンジュは屋敷へと駆けて行ったのである。


 そしてその予感は残念なことに――見事、的中した。

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