12 秘密の力

 医者の話によると、食べ物の中にエルマの体質に合わない食材があったようだとのことだった。熱もなくすぐに起き上がれるようになったため、すこし休んだあとエルマは他の少女たちと共に聖都の孤児院へと戻っていった。


 誕生日のパーティーが終わり、片付けが始まったころにアンジュはロージェル伯爵に書斎へと呼び出された。

 アンジュにくっついて書斎までやって来たトビアスは「おまえは部屋に行っていなさい」と言われて不満げに唇を尖らせた。それでも聞き分けはよく、べーっと舌を出してから部屋から出て行ってしまった。


「アンジュ」


 夕闇が部屋の中にまで忍び込んでくる。サイアス・ロージェルの顔に影が差していた。アンネはその冷ややかな視線からかばうようにアンジュの背中を抱きながら、夫の顔を見つめていた。


「君は友達に何をしたんだ」

「えっ」

「サイアス、子供にそんな言い方はおやめください!」


 妻の言葉にはっとしたように、サイアスの顔のこわばりが溶けた。すまない、と言いながら眉を下げて眼前の少女を見つめた。それはまるで、化物でも見るような怯えた目つきだった。


「力のことは秘密にしておくんだ」

「力……?」


 アンジュはサイアスが何を言っているのかわからなかった。まるで通訳でもするかのようにアンネがアンジュの前で膝をついて屈んで目線を合わせた。


「サイアスはね、あなたの聖女としての能力について言っているのよ」

「わ、私にそんな力はありません!」


 ぶんぶんとアンジュは勢いよく首を横に振った。自分は無能なのだ――シスターたちも話していた。だって、アンジュに聖力があるかどうか聖道教会で念入りに調べられたのだから。

 すると困惑したようにサイアスとアンネは顔を見合わせるのだ。


「ねえ、アンネ……今日、お友達が倒れたでしょう?」

「……はい」

「そのとき、あなたが彼女の手を握ったわね」


 握った――言われたとおりではあったので頷くと、アンネはふうと息を吐きだした。


「お医者様がね、言っていたの」


 神妙な顔つきで言った。


「あの女の子の病気は、いったん発症すると発疹が収まるまでにずいぶん時間がかかるみたいなのよ。それなのに、診察をする頃にはもう跡形もなく消えていた――それが不思議だって、ね」


 頭の中でりーんりーんと警告するように音が鳴っている。

 これ以上先を聞いては駄目。早く耳をふさがなければ、そうおもったのに間に合わなかった。


「そんな症例は、聖女による治癒の法力でしか見たことがないそうだ」


 そう口にしたサイアスの表情は沈んでいた。何気なく手を見れば、がくがくと指が震えていた。私に治癒の力が――……そんなことがあるはずがない。だって、私は無能なのに。


 アンネと目が合ったかと思えば、ぱっと逸らされた。


「そういえば、トビーがひどい風邪を引いたときもアンジュが看病してくれたらすぐ治ったわね」

「っ……そんな、こと」


 ない、そう断言しようとしたはずなのに――アンジュは思い出していた。あのときもアンジュは手を握った。その翌日にはトビアスはベッドから起き上がれるほどに元気になっていたことを。


「とにかくこの力のことは誰にも言ってはいけない――いいねアンジュ」


 サイアスの言葉に、アンジュは頷かざるを得なかった。

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