07 朝食は一緒に

 翌日から、伯爵家での一日が始まった。

 顔を洗うのも髪を結ぶのも、着替えるのもルースが手伝ってくれる。いつもひとりでやっていたことをひとに任せるのはなんだか落ち着かなかったが、淡々と「慣れてくださいませ」と言われてしまっては逆らうことも出来ない。


 朝食は食堂で家族そろって取ることが決まりのようだった。

 いつのまにか部屋に用意されていた真新しいブルーグレーのドレスに袖を通すと、ルースに連れられて階下へ降りた。


「あんただれ?」


 食堂にはアンジュよりも年下だろう少年が足をぶらぶらさせながら座っていた。そういえばこの年頃の男の子を久しぶりに見たような気がする――孤児院は女の子ばかりだったから。

 問われたからには答えねば、と意気込むと「アンジュ」と名前だけ口にした。ところが何を勘違いしたのか男の子はアンジュを使用人だと思ったようだった。不愛想な奴だな、教育がなってないぞとすぐ近くにいたメイドたちに喚き散らしている。


「ふふん、いいこと思いついた。おまえ犬の鳴き真似してみろよ。ほらおすわり!」


 椅子から立ち上がると、少年はアンジュの前に立つ。ぐい、と頭を押さえつけて身を屈ませた。背の高さはあまり変わらないからぐぐ、と力で圧されてアンジュは床に膝をついた。


「坊ちゃま、いけません」

「なんだよルース。こいつは今日から犬なんだ。言ってみろ『わんわんっ』、さっさと言えよほら!」

「トビアス!」


 鋭い矢のような声が食堂に飛んで来て、びくっと少年は肩を揺らした。


「何をしているんです」

「お母様……この使用人が、僕に逆らうから……」

「アンジュは使用人ではありません。自らの短慮を恥じなさい、みっともないですよ」


 かあっとトビアスと呼ばれた少年の頬が染まった。

 叱られ慣れていないのだろう。アンネに手を取られ立たせてもらっていたアンジュを睨んで来た。そんなにしてほしいというのなら犬の真似ぐらいお安い御用だったが、アンネは喜ばないだろう。


「おはようございます」

「おはようアンジュ、トビーが失礼なことをしてごめんなさい。ほらトビー」

「なんで僕が!」

「トビアス・ロージェル。ロージェル家の者として恥ずかしくない行動を取りなさい」


 ぴしゃりと言い放つと、トビアスは蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と呟いた。


「アンジュ、紹介するわね。この子はトビアス……あなたの弟よ」


 異母弟ということになるのだろう。むっとした表情を浮かべていたトビアスが口をあんぐり開けていた。


「お母様、僕が弟ってどういうこと?」

「アンジュは13歳、あなたは8歳だからあなたが弟なの」

「そういうことじゃなくて!」


 そのとき「何の騒ぎかな」といってこの邸の主人であるサイアス・ロージェルが食堂へと入って来た。


「おはようございます――お父様」


 見よう見まねで挨拶をするとロージェル伯爵は微かに目を瞠った。そして口元を緩めて「おはよう」と返したのだった。

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