06 対面

 ルースに案内されて連れて行かれたのは、応接の間だった。赤い布張りのソファに座るように促される。正面にはロージェル伯爵夫妻が腰かけていた。


「こんにちは、アンジュ。はじめまして、私はアンネよ」

「はじめまして、奥様」


 アンジュが挨拶するとアンネはまあ、と眉を上げた。


「奥様だなんて……すぐには難しいと思うけれど――あなたにとって此処が『家』だと思ってもらえることを願っているわ。ねえ、あなた」

「ああ――アンジュ」


 ぎこちなく笑みを浮かべた夫妻を前に、アンジュは考えた。これはどういう状況なのだろう、と。


「旦那様、あの私はおふたりの養女としてお迎えいただけるという、ことなのでしょうか」


 それならいままでも何度か話があったからわかる。見目がよい孤児を養女に、と願う家庭は意外と少なくないのだ。もっと小さなころはそれこそひっきりなしに申し出があったのだが――ラヴィエラの娘だと知ると、誰もが二度足を踏んで来た。

 ただ、ロージェル伯爵はアンジュの出自を知っているはずだ。シスター・ヴェガが伝えていたような気がする。

 誰もが忌み嫌う、愚かさゆえに聖力を失ったラヴィエラの子である、と。


「……養女としてではないよ、アンジュ」

「もしや使用人をお探しでしょうか。かしこまりました」


 それはそれでやりがいはある。こくりと頷くと、アンネが「もう、あなたというひとは」とひじで夫を突いた。


「違うのよ、アンジュ。あなたは私達の家族よ――すぐに手続きをするつもりだけれど……あなたを娘として迎え入れるつもりなの」

「あの、失礼ですがそれは……養女とはどう違うのでしょうか」


 困ったようにアンネは眉を下げ、そしてロージェル伯爵を見遣った。あなたがちゃんとしないからアンジュが混乱しているじゃない、そんなふうに呆れたように息を吐いた。

 ひどくいいにくそうに、伯爵は重い口を開いた。


「正真正銘――アンジュ、君は私の子だ」

「えっ」

「私とラヴィエラはかつて恋人同士だった――悪獣の対応で最北のエヴァリスト領まで出征してね。しばらくロージェル領にも戻れず、聖都にも近づけなかったから君の存在をずっと知らなかったんだ。ラヴィエラが……彼女が亡くなったことだけを噂で聞いて」


 アンジュは瞬いた。

 母は死に、父もどこかにはいるのかもしれないとは思っていたがまさか目の前に現れるとは思っていなかった。

 なにしろ身重の母を捨てた男だ、とシスターたちからも言い聞かされていたことだし、一生会うことはないだろうと考えていたのである。ただ目の前のロージェル伯爵はそんな冷酷なひとだとは感じられなかった。


「正式にロージェル家の長女として君を認知し、迎え入れたいと思っている」

「ですが……そのような、よろしいのですか」


 困惑気味に夫妻のあいだに視線を行き来させた。すくなくとも夫人であるアンネは、アンジュの存在そのものが面白くないだろう――そう思ったのである。


「……確かに驚きはしたけれど、私は歓迎していてよ。あなたはこの家にいるべきだもの――それならきちんと、私は家族になりたいわ。母と思ってほしい、なんて烏滸がましいかもしれないけれど、大切にしたいわ。あなたのことを」

「奥様……」

「アンジュ。呼びにくいかもしれないけれど、母と呼んでほしいわ」


 にこりと微笑んで、夫人はアンジュの手を握った。そのようすをロージェル伯爵はおろおろしながら見守っていた。

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