03 薔薇の品評会

「アンジュ、これはどこに持っていけばいい?」

「薬草畑から収穫してきたのね……乾燥させるためにサンルームに持って行ってくれる?」


 ニナに指さしてお願いすると大きく首を縦に振ってとことこ駆けて行った。

 聖道教会では年に一度の薔薇の品評会が開かれている。修道女シスターたちは来賓客の対応で忙しいため、見習いである孤児院の子供たちも平常業務に対応するために駆り出されている。

 やれやれ、と思いながら書庫へ向かって歩き出したときだった。


 ばりん、と背後で食器が割れる音が響いた。

 

「っ、あんたどこ見て歩いてんのよ!」

「うぁあんっ」

「ニナ!」


 本を抱えたままアンジュが慌てて引き返すと、ふたりの少女が床に座り込んでいた。ひっくりかえったバスケットからは焼き立てのパンがこぼれ落ち、取り分け用の皿が粉々になっている。


 厨房手伝いに入っていた少女とニナがぶつかったのだ。


 大きな瞳に涙を溜めながら、つめたい石床に散らばった薬草を拾い集めていたニナの掌を相手の少女が踏みつける。

 みい、と甲高い悲鳴が上がった。

 

「やめなさい。こんなことしてないで早く厨房に戻りなさいよ」

「あんたに指図される筋合いないわよ、この無能の子やくたたずが!」


 勢い良く突き飛ばされてよろける。

 アンジュが突き飛ばしてきた少女を翠の瞳でじっと見つめると、かすかに怯んだようにみえた。

 が、すぐに「あんたばっかり」と顔を真っ赤にして少女は掴みかかって来た。


「どうしてあんたなんかが注目されるのよ! 孤児を引き取りたいってやって来たひとはみんなあんたがいいって言うわ!」

「……でも私はこのとおり、誰にも引き取ってもらえてないわよ」


 淡々と言い返したのだがそれが癇に障ったらしい。ぱしりと頬に熱が走った。

 ひっぱたかれたのだとはすぐにわかったものの、特に何も感じなかった。痛みこそあるがこの程度の傷みには慣れていた。非力な子供の平手打ちぐらい、たいしたことはない。


「ちょっとあなたたち――アンジュ! またあなたなの?」


 駆けつけてきたシスターたちが取っ組み合いのけんかをしている少女たちを止めようと引き離した。「アンジュのせいでお客様にお出しするパンが台無しになった」と少女が泣きながら訴えたおかげで、アンジュはシスター・ヴェガに腕を掴まれ聖道教会の建物の裏手まで連れて行かれた。


 外はふわりと甘い薔薇の香りが漂っている。

 くらくらするほどの芳香に顔をしかめていると、シスター・ヴェガの表情が急に変わった。薔薇の品評会が行われているのは教会の南側の広場だ。わっという大きな歓声と共に拍手の音が鳴り響いた。

 北側にある物陰には、この時間帯誰も近づかないだろう。


 始まるな、というのは感覚で理解していた。

 シスター・ヴェガの唇が嗜虐的に捻じ曲がる。


 強い力でどん、とアンジュを突き飛ばす。

 よろけて転んだ肉のない薄い身体を、つま先の尖った靴で蹴りつけた。

 ぐ、とうめき声を上げるアンジュの姿を見つめるシスター・ヴェガの顔は聖職者とは思えないほどのいびつな微笑みを湛えていた。

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