02 無能の聖女、その娘
アンジュの母親は聖女だったらしい。
尋ねたことなど一度たりともないのにシスターがアンジュに語って聞かせたので知っている。
アンジュの母親であったとされる聖女ラヴィエラが願えばたちまち傷はふさがり、祈りの力で外敵である悪獣を追い払ったという一時は伝説の存在だったらしい。そんな彼女はあるときを境に、その聖なる力を喪失した。
ちょうどそのころ、ラヴィエラは身ごもったのである。聖女は清らかでなくてはならない――そう言われ、信じられていたというのに。
彼女が力を失った原因はその大いなる悪行のせいであるとみなされた。
ラヴィエラが欲に塗れたみだらな女であると聖都ラウムの聖道教会は糾弾した。それと時を同じくして新しい「聖力」を持つ娘が見出された。
王都エリッセの伯爵家の令嬢である彼女こそが真なる「聖女」であり、堕落したラヴィエラはもはや聖女ではない――
尖塔の暗くて狭い部屋で生まれたのが、アンジュである。
ラヴィエラは身体が弱く、娘を産んですぐに死んでしまったそうなので、アンジュ自身は母のことなど何も知らない。それ以後アンジュは聖道教会の抱える孤児院のひとつで育てられていた。
ただ容姿においては、ラヴィエラとアンジュはよく似ているらしい。
母譲りのまばゆい金髪に神秘的な色味の翠眼はみすぼらしい服を着ていようが目立つらしく、シスター見習いとして教会に出仕したときには礼拝に参加した人々にちらちら見られることもしばしばだった。
だがそれを面白く思わないのが、かつてアンジュたち孤児とおなじ立場にあったシスターたちだった。聖道教会の女児孤児院に集められた少女たちは聖書を暗記し、唯一神に生涯祈りを捧げること以外に道はない。
聖都の外は欲望への誘惑に満ちあふれた恐ろしい世界で、おまえたちなどすぐに堕落して地獄に行くことになるだろうと教え込まれていた。
その結果、おまえは他の子たちを堕落させる「無能の子」だとなにかと理由をつけては折檻されるのが日常だった。
整列するのに数歩遅れたと言って頬を叩かれ、食事のときにスプーンを落としたと突き飛ばされた。そんな扱いを受け続けていれば周囲の子供たちもアンジュには「そういうふう」にしていいのだ、と思うようになり、窮屈な集団生活で溜まっていく鬱憤のはけ口となっていた。
何度か、アンジュを養女として引き取りたいと声を掛けてきた者もいた。見目と物静かだが賢そうな顔立ちは上品さを兼ね備えており、ぱっと見ると淑女の卵のように見えなくもない。
だが――毎回、無能者である元聖女ラヴィエラの話を持ち出してはあの娘が堕落の象徴なのだ、と院長が力説すれば誰もが臆してしまい――敬虔な信徒である夫婦は引き取ろうという気持ちが萎んでしまうのだった。
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