第一章 無能の娘
01 小さな牢獄
「アンジュっ、この愚図が!」
ばし、と打擲音が響き、集まっていた八人ほどの孤児の少女たちはぎゅっと目を瞑った。それに対して鞭をしならせたシスター・ヴェガは愉悦の表情を浮かべている。見せしめにするにはちょうどいいのだ、この娘は。
繰り返し叩いて、最後は床に突き飛ばしたところへバケツに汲んだ水をぶっかけるのがお仕置きの定番だった。シスター・ヴェガは子供たちを睥睨すると「こんな目に遭いたくなかったら二度とは向かうんじゃありませんよ」と言いおいて、部屋を出て行った。
「あーあ、またアンジュのせいで……シスターに目をつけられたじゃない」
「ほんといい加減にしてほしいよね」
ひそひそと交わす言葉を聞きながら、アンジュはびしょびしょに濡れて凍えそうな身体を抱きしめた。そんな中、ひとりの身体の小さな少女がタオルを片手に駆け寄って来た。
「アンジュ……これ」
「ありがとう、エルマ」
繰り返し洗ったせいでごわごわのタオルで、顔を拭っていると口の中が鉄錆くさいことに気付いた。殴られているうちに口の中を切ってしまったようだ。
これからしばらくは、この孤児院の唯一の楽しみである食事さえも顔をしかめていなければならなさそうだった。
「やめなよエルマ」
「そうよ、
くすくす笑いながら少女たちが言う。
「やくたたずってなあに?」
親指をしゃぶりながらまだ幼いニナが尋ねると笑っていた少女のひとりが言った。
「この子の母親はねえ、無能の聖女様だったの。だからこいつもおなじで無能――役立たずってわけ」
「――――」
「なによ、文句でもあるの?」
腕を組んで睨みつけてきた少女にアンジュは「べつに」と答える。
びちゃびちゃの服を着替えるため、箪笥からつぎはぎだらけのスカートと黄ばんだブラウスを取り出した。夜のあいだ干しておけば少しは乾くだろうか。
少女たちはお互いが生きていくのに必死なだけで性格がゆがんでいるというわけではない。群れのリーダーが誰なのか、を示すことは小さな集団の中でも必要なことだったのだ。
聖都ラウムにある聖道教会付きの孤児院――やがてシスターとして神に仕える女児のみを預かる場ではあるのだが、その実は小さな牢獄である。
育てられているのは身寄りがない子供たち、とりわけ父親が不在のまま出産した女たちが子を捨てていく場所だ。物心つく頃にはどういう場所であるのかぐらいは理解する。
自分がこの世の誰からも必要とされてはいないということ。
望まれずにこの世に生を受けてしまったことを神に懺悔し、奉仕するよりほかに少女たちに道はないのだということを。
此処にいる誰もが行き場がないという点で、皆おなじだった。
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