第36話 中断
ヘレナをどうにかしなければ満足に攻めることもできない。私たちの間での共通認識だ。こう考えている間にもミスラさんは私たちを執拗に攻めてくるし、ヘレナは嫌がらせをしてくる。
とりあえず念で相手の動きを封じつつ、そこら辺にある岩を操って投げる。だが、その岩はミスラさんの蹴りで破壊された。
いくら魔力で身体能力を多少強化できるとは言え、岩を丸々砕くのはどうかと思うよ……!
「ミスラさんの相手は僕が行います。ノアさんはヘレナさんを探し出してください」
「分かった」
意思疎通は最低限に。戦力を分断するのは悪手かもしれないけど、遠距離攻撃手段が豊富な相手をするには各個撃破するしかない。
私は、念で自らの体を覆い、そのまま宙を舞った。
自分を念で操り飛行する。この数週間の訓練で出来るようになったことだ。これで空中から相手の位置を探し出す。相手は弓を扱う性質上、どこか高い位置にいるはずなのだ。
少し探して、いた。
廃屋の棟で私を見ている少女の姿がある。
あれがヘレナだ。直接会うのは二度目だが、見間違えることはない。彼女の能力ならあの周囲に記録した行動が無数にあることが予想される。
ならば、遠距離攻撃が有効なんだけど、私はあまり魔法が得意なわけではない。念で足場を奪おうにも自分を浮かせている今の状況では処理が追い付かない。
一度どこかに足を降ろして能力であの屋根を壊す方がいいだろうと思い、私は適当な廃屋の天井に降りた。
瞬間、私はどこからか足払いを食らい盛大に転んだ。次には四方八方からの衝撃が私を襲う。ここにも彼女は記録した行動を用意していたらしい。
これが再上映の真骨頂か。厄介だね。
腕で顔をガードし、私は能力でヘレナを捕捉し思い切り下へと力を加えた。私の能力によってヘレナは天井を貫通して廃屋の中へと高速で落ちて行った。
ストックできる記録がどれだけあるのか知らないけど、部屋の中も警戒するしかないだろう。なら、ここから念で体の自由を奪うに限る。
さあ、力勝負と行こう。
私の念が破られるか、このまま念で拘束することができるか。
首辺りに力を加え、締め落とすことを考えながら私は遠くからヘレナを捕捉していた。少なくとも、私が今ここに立っている所には記録はない。廃屋にある窓からヘレナの姿は目視で確認できた。これなら私の能力の範囲内だ。
私の能力に抵抗するヘレナの力を感じられる。だが、このままなら私に分がある。
集中して能力の出力を限界まで高める。先ほど殴られたことによって体力の消耗はかなりのものだったが、今は兎に角彼女を倒して他の人たちの援護に行くことが最優先。
「ノア、避けて!」
唐突に耳に届いたその言葉に振り向く。すると、そこには驚異的なスピードで目の前まで迫ってきたルオの姿があった。よく見るとジュリアの効果範囲から逃れている。
「どうやってここまで来たのよ……!」
少なくともさっきまではジュリアの幻覚の術中にあったはずでは……!
ルオが構える拳が目前に迫る。業腹だけど、このままでは避けられない。だからヘレナに作用させていた能力を全て目の前のルオへと向け、彼の勢いを停止させようとしたが、ルオの力は生半可なものではない。私は彼の拳の威力を減衰させることしかできなかった。
「……ッ!なんて威力!」
体力を消耗していたからという理由もあったが、だとしても腕でガードした私が軽く飛ばされた。これで減衰させている威力だというのだから怖すぎる。
「ごめんノア!」
「ううん。大丈夫」
だけど、ジュリアが脱落していないのだからどうとでもなる。二人がかりでルオとヘレナの相手をするのは骨が折れそうだけど、ジュリアの幻惑があるなら何とでもなるはずだ。
「……ミスラまで来ちゃったみたいだね」
ジュリアのその台詞に私は横を見てみると、何とかミスラさんの攻撃を止めようとしているウィルが見えた。
「すいません、突破されました」
「いや、ウィルが脱落してないなら平気」
ウィルとジュリアがそうやり取りする。
「これは、三人そろって仕切り直しって感じ?」
ミスラさんがそう言う。
「いや?あたしがいるからあたしたちの勝ちだね」
「そうか?そちらにまだそれほどのパワーが残っていると?」
一見意味不明な言葉に聞こえたけど、ルオの言うことは意外と的を得ていた。私にこれ以上戦う体力が残っているかと問われたら、少し厳しいかもしれない。それだけあの時受けた攻撃が効いている。
ジュリアも聖気の消費が激しそうだ。
「何はともあれ仕切り直しってことでしょ?幸い、私が記録した行動はまだまだ残ってる。例え幻覚を受けようともここら一帯を無差別に攻撃すれば最悪相討ちには持っていけるかもね」
「なら重畳。体力を温存できているのは私たち。このまま押し切るよ」
「応!」
「ノア、まだいける?」
「これくらいならまだ全然。限界には遠いよ」
「無理はしないでくださいね。しかし、この状況は今までで一番良い。ジュリアさんの幻惑とノアさんの念で制圧しましょう」
お互いのチーム、話はまとまった。後はどのタイミングで攻めるかだ。
「……!」
瞬間、ジュリアの聖気が揺らいだ。同時にルオとミスラさんが一気に攻めてくる。
私とウィルはその攻撃に真正面から対応しようとして……。
――境界付近で爆発音が鳴った。
「そこまでです」
一瞬で私たちの中心に立ったツバキさんと、少し遅れてやってくる監督役の二人。三人によって私たちの戦闘は中断された。
「境界を警備していたリベラート君からの合図です」
いつになく真剣な表情をしているツバキさんのその姿に私は魅入られていた。少し放心していると、突然私の体調が万全となった。
『既にここ以外の全員は回復済みだ。にしても、まさか幹部が目を光らせているこのタイミングで攻めてくるとは……』
「道化師のすることだもの。理屈じゃ分からないのかもしれないわね」
唐突に私の横にやってきたのは一人と一体。幹部の一人である包容力のあるお姉さんのローゼと……。
「レイッ!」
『やあノア、お疲れ様。とは言え、これからが本番だ。気張って行こう』
「うん!」
私の真横で浮いているローブを羽織った闇。私を助けてくれた魔物であるレイだった。彼がやってきたことに安堵するが、これから起こるのは恐らく今までで一番の大規模侵攻。私は気を張りなおす。
「ボクは一刻も早くリベラート君たちの援護に向かいます。皆さんもできるだけ早く来てください」
ツバキさんはそう言うと、能力を使用したルオに勝るとも劣らない速さで境界へと向かった。
「はぁ……。横やりを入れられるのは思った以上に腹が立つね」
「そうはいっても今は緊急事態だ!姐御の気持ちも分かるが俺たちもさっさと向かおう。レイ殿も良いか?」
『無論だ』
ルオってミスラさんのことを姐御って呼ぶんだ……。そんな些細な驚きを抱えながら、私たちは境界へと走り始めた。
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