第35話 ウィル班vsミスラ班

 魔界を模したフィールドへと、私は足を踏み入れる。

 所々に根を張っている植物と、経年劣化でボロボロとなった廃屋が立ち並んでいる。限られた土地だけれど、ここは正に魔界であると体が認識してしまう。


 否が応でも強張る体に緊張で引き攣っている私を見かねてか、ジュリアが軽く私の背中を叩いた。


「リラックス。折角強い能力持ってるんだし、緊張で力が発揮されなかったとかもったいないよ?」


 そう言ってふんわりと笑う彼女に、私は少し心が軽くなった。

 しかし、もったいないか。そんな励まし方をされるとは思わなかった。


「準備はできましたか?」


 ウィルの質問に私は頷きで返す。ジュリアも頷く。その姿を見ていた審判役の人がウィルに「準備はできたみたいだね」と話しかけた。ウィルはその問いに答えると、審判役の人は天に炎の魔法を放った。

 合図だ。こちらの準備が出来たことを相手へと伝えるためのものだ。


 その合図と同じものが向こうから返ってきた。向こうの審判の人が準備完了の合図を出したのだ。


 その合図が出された時点で戦闘は開始される。


「始まりましたね」

「そうだね」

「恐らく相手はルオさんを突撃させて来るでしょう。彼を暴れさせて、その隙を突いてくるはずです。落ち着いて、事前の作戦通りに行きましょう」


 ジュリアとウィルの会話を私は聞きながら、事前に彼らに伝えられたことを思い出す。


 私たちの中で、相手が嫌がる能力者は誰であろうか。私?いや、私はどちらかと言うと単純な能力だ。物を浮かせて操るというもの。相手にとっては対応は比較的し易いだろう。


 では、ウィルは?確かに、瞬間移動は脅威だ。だけど、戦う上ではまだマシな部類らしい。

 不意打ちに特化されると厄介だが、一度ウィルの姿を捉えてしまえば、どこに瞬間移動されるのかは特定しやすい。目の前から消えたのなら死角を警戒する。そして、慣れてしまえば移動の癖から予測を立てられるらしい。


 ウィルでも私でもないとすれば、あと一人はジュリアだ。


 考えてみれば当然だけど、対象三人に幻覚を見せるという能力は相手をする上でとてつもなく厄介だ。今見ている光景が幻覚なのかどうかすら分からない。そうなると戦いにすらならない。


 ジュリアの能力には制約がある。それは、彼女の視界内に対象を捉えなければ能力が発動しないということだ。そのため、相手はジュリアに気づかれないようにするか、誰かを囮とするかのどちらかだと考えられる。


 脳筋であるルオが誰かの言うことを聞くとは考えづらい為、ルオを囮にする戦法で来る可能性が高いのだとか。


 三人でまとまりながら、私たちは廃屋の天井を飛び移りながら移動していた。高いところは見通しが良い。相手からも見つけやすくなってしまうが、下から上は攻めにくいのだ。


「来た」


 とジュリアが言った。

 その一言に私は意識をジュリアが見ている方向へと向ける。そこには猛スピードでこちらへ向かってくる一つの影があった。


「はーっはっはっは!」


 およそ人間とは思えない速度で接近してきているのは、身体能力強化の能力を持っているルオである。

 豪快に笑いながら、戦いを楽しみにしている様子を隠そうともせずに私たちに向かって飛び掛かってくる。


 私たち三人はバックステップで飛び退く。すると、さっきまで立っていた廃屋の屋上はルオの拳によって一気に崩れ去った。


「あたしが相手する!二人は周囲の警戒を」

「了解!」


 まんまとジュリアの術中に嵌ったルオは戦いずらそうに立ち回っている。ジュリアの視界内から抜け出そうとしているのか、四方八方にその強靭な身体能力を駆使して飛び回っているが、ジュリアもそれは想定内だったようで、常にルオを捕捉している。


 私はジュリアがルオに付きっきりとなってしまっている現状で最も嫌な事態を防ぐために周囲の警戒を怠らない。

 ルオによって攪乱された現状、隙を突いてミスラさんに触れられたらそれだけでゲームオーバー。


 とりあえず、視界を遮るような小物はない方が良い。私は能力を使用して周囲の隠れることができる壁やクローゼットなどを壊す。


 視界を遮るものが無くなり、広々としたここを次に襲ってきたのは無数の石礫だった。指向性を持った石の数々を私は能力で全て振り払う。


「ガッ……!」


 突如として私の脇腹を鈍痛が襲った。


「矢……?」


 そこにあったのは鏃を潰された矢であった。訓練用に殺傷能力を失くしたものであるが、当たったら痛いに決まっている。

 どこから来たのかと矢が飛んできた方向に意識を向けるも、続けてもう一度同じような鈍痛が襲った。


 しかし、どこにも二本目の矢は存在しない。


「なるほど、これが【再上映】……」


 自らの行動を記録して再上映する。しかも、再上映された行動は目に見えるわけでもなく、私からしてみればただ結果だけが再現されたように感じる。

 とりあえず、私はこの場から離れた。矢が到達したという記録がここにあるからだ。私に当たったという事実を再上映するわけじゃなくて、あくまでもヘレナが行った行動を再現するだけ。だから、矢が到達した点にいつまでもいるのは悪手なのだ。


「……ッ!?」


 次に私を襲ったのは数多の背中の痛みだった。


「これは、さっきの土魔法!」


 さっき私たちを襲った石礫の数々が再上映されたのだろう。


「これ、厄介すぎるね!」


 ふとウィルの方を見てみると、ミスラさんとの戦闘をしていた。私がヘレナに気を取られていた隙にまんまと分断されてしまっていたわけだ。


 とりあえず、瞬間移動を巧みに扱ってミスラさんを翻弄しているウィルの手助けに入る。能力を使用して、ミスラさんを出来るだけ遠くに押し出す。


「おおっ!?」


 私の念で一気に後ろへと押し退けられたミスラさんは驚いた様子だったが、すぐに体勢を立て直す。


「助かりました」

「気にしないで。それよりも、遠距離攻撃をしてくるヘレナが厄介」

「ジュリアさんは、ルオさんとの戦闘で手一杯ですか」


 幻覚を見せられているというのに、野生の勘があるのか知らないがジュリアに食らいつけている。いや、あのパワーをまともに食らってしまったらいくらジュリアでも一撃で意識を持っていかれる可能性があるから安易に攻められないのだろう。


「見事に僕たちがあちらへと乱入しないような立ち回りをされてしまっていますね」


 そうなのだ。だが、裏を返せばそれだけジュリアが厄介だと言うこと。この勝負はどれだけ早く二人を倒してジュリアに合流するか、ジュリアがルオを倒すかで決まる。


 とりあえず、触れられたら終わりなミスラさんを気に掛けながら、遠距離から援護してくるヘレナをどうするのか。それが問題だろう。

 

 

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