第37話 開戦の狼煙

「ひっさしぶり~。五年ぶりくらいだっけ?随分と顔つきが良くなったねリベラート」

「戦う前にいちいち挨拶に来るとは、無駄に律義なのかそれとも何も考えていないのか……。魔物を複数引き連れて保険を掛けているとは、貴様も臆病になったものだな」

「あっれ~?ひどくなーい?折角、ウチが態々挨拶しに来てあげたのに。それに、そっちもつよそーな人たち数人侍らせてるじゃん。人のこと言えた口~?」


 境界を警備していた幹部全員とリベラートは、目の前に現れた道化師のフィーネとそれに連れられているユニーク個体が対峙している。


「減らず口を。まあいい、今日は良い日だ。お前のような人間が死に、世界から膿が一つ取り除かれるわけだ」

「うーん。ここまで嫌われちゃってるなんて思わなかったな☆」


 狂気を宿した瞳を向ける道化師『狂気のカリスマ』フィーネ。それに対し一切の感情を感じさせない無表情で相対するリベラート。普段から彼と接している幹部たちも、今の彼の様子に尋常ならざるものを感じ気圧され掛けている。


「でもさあ、どうやってウチらに勝つわけ?この戦力差見えてる?」

「見えているとも。逆に聞くが、この程度の戦力で俺たちを倒せるとでも?」

「ふーん。その自信はどこから来るのか……。もしかして、あの面白い子が関係してたりするのカナ?」


 面白い子。彼女がそう形容する存在は、一つしかないだろう。


「……まあいいや。今日はウチの暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。ここで勝って、王国を瓦解させてあげる」

「できるならな」

「それじゃ、バイバーイ」


 一通りやり取りをした後、フィーネは去って行った。


「良かったのか?あいつをここでやらなくて」

「万全を期すためにはここで戦うべきではないよ。あそこで戦っていたらあの万の軍がこちらになだれ込んできて物量差でやられる。フィーネは面白がって顔を見せに来ただけだったし、その油断に付け込ませてもらう」


 戦力が十分に揃っていない今の状況で戦闘を始めるのは悪手である。加えて、フィーネは面白がってリベラートに顔を見せに来ただけ。なら時間を稼いだ方が良い。


「うん。大分揃ってきたみたいだね」


 そう言って振り返るリベラートは、自身の後ろに南部境界守護者のほぼすべての戦力が揃っていることを確認した。


「どうやらまだ始まっていないようですね」


 いつの間にか合流していたツバキがそう言う。


「うん。まだ始まっていないけど、もうあと少しで相手は攻めてくるはずさ。だから、ここで俺が先手を取る」

「先手ですか……。もしや、聖気を使いつくすつもりですか?」

「そう言うこと」


 リベラートがそう言うと、彼は両手を胸の前で構えた。彼の掌の中には極度に圧縮された魔力の塊が渦を巻く。


「ここから離れて」


 彼の掌で渦を巻いていた極小の魔力の塊は、彼の手を離れ上空へと向かう。

 それは、全ての属性を内包し、全ての元素を掛け合わせた極大魔法。使用者の力量次第では自滅への一歩を辿る究極点。


「【極大魔法――天変地異】」


 瞬間、極光が迸った。


 宙で停滞していた魔力の塊は突如としてその百倍程度に膨張し、その全ては魔物たちがいる地点へと襲い掛かる。


 全ての属性を内包した圧倒的な破壊。全てのエネルギーを取り込み、圧倒的なその魔法は前方にある悉くを食らいつくす。


 最早地形すら変化し、天候すら改変させた彼の魔法は敵である魔物の大群の半数以上を塵殺した。


「開戦の狼煙は上がった。これから始まるのはただの、蹂躙だ」





 *






 極大魔法、天変地異。全ての属性の魔法を操り、全ての属性を無秩序にただ混ぜただけの純粋なエネルギーの塊をぶつける技。

 俺の目の前でリベラートが行ったのはそう言う技だ。ただの暴力と評するのが適切なほど、優雅さの欠片もない魔法だ。


『あれで聖気切れだけで済むのがあいつの異常さだな』


 俺はそうぼやく。フィーネが用意していたであろうここら一帯全ての魔物はリベラートの一撃により半数以上が虐殺された。

 雲は全てあいつの魔法によって振り払われ、空は腹が立つほどの快晴だ。元々街であった魔界はただの荒廃した地へと変わり果てている。


 障害物が無くなってしまうことはあまり褒められたことではないと本人はぼやいていたが、俺はそうは思わない。これで戦場が見やすくなっていいだろう。


 俺がこの戦いで任されているのは戦場を駆け、負傷者を手当たり次第に回復させること。それと、弱い魔物を手当たり次第に能力で殺すこと。あとは、だな。


 目の前ではリベラートの一撃によって士気を極限まで高められた守護者たちによる攻撃が行われていた。

 およそ五千弱はいるであろう魔物の大群だろうと難なく互角以上に立ち回っている五十名弱の守護者たち。


 いくら聖気が魔物に対して特攻だろうと、この物量差をものともしないのは守護者たちの実力が如実に表れている所だろう。


『俺も行こう。ノアも後れを取るなよ!』

「もちろん!」


 ノアは気合を入れてウィル班のみんなと魔物の退治へと向かった。

 俺はと言うと、一度リベラートの下に向かう。


 聖気を使い果たして立ったまま呆然としている彼の横に行く。


『聖気を分けようか?』

「……少し、頼むよ……」


 既に息も絶え絶えで今にも倒れてしまいそうな彼を突き動かしているのは統括としての意地か。

 俺の能力は癒しに関するほぼ全て。勿論、他人の聖気や魔力を回復させることもできる。俺の聖気をリベラートに譲渡してもう一度天変地異を使用してもらおうかとも思ったが、それは無理だろう。


『演算能力にガタが来ているか』

「そうだね。魔法を扱う器官は今レイに回復してもらったから何とかなったけど、あの一撃でキャパオーバーだ。もう一度同じことは出来ない」


 演算能力。魔法、能力を扱うために必要な思考力だと思ってくれればいい。一種の精神力でもあるが、俺の能力で回復出来なくはない。


『演算能力の再生と、少しの聖気を分ける。これでいいな?』

「うん。ありがとう、だいぶ楽になったよ」


 彼があの魔法をもう一度扱えるようになるには、演算能力の回復と聖気の回復が必要になる。そうなってくると、俺の聖気が足りなくなるのだ。回復要員である俺が機能しなくなるのはまずい。そのため、事前に天変地異は一度のみと定めていたのだ。


『俺はここを離れる。リベラートも気をつけて』

「うん。レイもフィーネの『カリスマ』にやられないようにね」


 そう言って俺はまず一つ目の地点へと駆け出した。



 

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