第32話 公認の魔物

 俺の存在を南部に知らしめるという企画は意外とすぐに実施された。まあ反応については色々とあった。阿鼻叫喚であったり、思考停止だったり、最初の内は見ているだけでも面白かったのだが、あまりにもそれが続くと少し辟易してしまった。


 数日掛けて俺の存在を南部での共通認識として公表できたというのは俺にとっては嬉しい限りだ。幹部の人たちの説得には感謝しなくてはならない。リリアという特大の保険があったにもかかわらず、俺は当日になっても緊張しっぱなしだったのは少々情けない所。とは言え一世一代の大勝負と言っても過言ではない場面だったから俺を責められるような人はいまい。


 これにて俺はこの南部に限っては自由に移動できる権限を得たと言うことである。態々隠れる必要がないというのは窮屈じゃなくなって非常に良いものなのだが、今後新人の守護者が加入してくるときは俺のことをどうやって説明するつもりなのか気になるところだ。ただまあ、そこら辺はリベラートがどうにかするんだろう。


 俺が受け入れられた要因としては、貴重な回復能力者であったというところもまた大きかった。これほどの便利な能力を持っているのなら無闇に否定するよりも受け入れた方がメリットが大きいと判断してくれた人もいた。


 まあ、細かいことを考えずにとりあえず戦おうぜ!と肉体言語に訴えてくるような脳筋もいたが。ご存知ルオのことである。あれでしっかり強いんだから世の中分からないことだらけである。


 俺の存在を公表している間に敵が攻めてくるとかそう言うことがなかったのは運が良かったのか、それとも境界の警備に幹部が最低でも一人付くようになったことによる抑止力的な要因もあったりするのかもしれない。


 戦術訓練に関することは、つい先ほどリベラートから全守護者へと通達がされたので、今は各班ごとに集まって色々と作戦を練っていたりするのだろう。戦術訓練の開催は明日である。

 ちなみに、幹部連中とリベラートは参加しない。境界の警備と言う仕事があると言うことも理由の一つであるのだが、シンプルに戦力として強すぎると言うことが挙げられるためだ。


 俺が初めて司令部へと足を運んだ時、ツバキに襲われたことがあっただろう。その時にウィルが何とかツバキの攻撃を受け止めていたが、あと少しツバキが力を加えていたらウィルは耐えられなかったのではないかと思う。


 まあこのように、別に戦闘向きの能力者だろうがそうじゃなかろうが、幹部と言うのは基礎的な体術やら体力やらの戦闘力がずば抜けているのだ。


 身体能力を強化するというシンプルながらも強力で戦闘向きな能力を持っているルオさえも能力を使用したところで幹部には敵わない。

 唯一張り合えるのはローゼだろうが、彼女だって別にタイマン能力が弱いわけではなく、ステゴロだって得意であるし、何より槍を使った戦闘スタイルが強力なのだ。その上リジェネ持ちという厄介極まる戦闘スタイルである。


「随分と高く買ってくれているのね~」


 そんなローゼだが、今目の前にいる。というのも、俺に対する信頼や信用は十分に稼がれたのだが、とは言ってもまだここに来てひと月程度の時間しか滞在していないわけだ。道化師とパレードと言う厄介ごとが重なった結果、俺と言う後方支援特化能力を利用したかったから予定を前倒しした結果が現状であって、幹部の監視は出来る限り継続した方が良いという判断である。


 まあ、俺が裏切るようなことがないのは幹部のみんなも勘づいてはいると思うが、それでも流石にひと月は短すぎるのだろう。なんていったって俺は魔物だ。どれだけ善良だろうとその前提は覆すことができない。


 ノア含めたウィル班は、明日の戦術訓練のためにチームワークの特訓や個々人の戦闘力を上げるために個別訓練を行っているらしい。見に行きたかったが、公表は終えたとはいえまだ俺の存在を咀嚼しきれていない守護者がいるかもしれないからという理由で全員への本格的な露出は明日に持ち越した。


『幹部の連中っていうのは誰も彼も強いって聞いているからな』

「ふふ。嬉しいわね。でも、貴方も魔法に関しては右に出る者がいないほどの達人だって聞くけど?あのリベラートが認めるほどって相当よ?」

『そりゃあ、魔法に関してはずっと研究していたからあんな若造に負けてちゃ面目丸つぶれさ』

「あのツバキに魔法を教えたと聞いているし、もし魔法を使われたら私じゃ勝てないかもしれないわね」


 そうだな。恐らくタイマンならどの幹部だろうと負けるとは思えない。ただ、リリアだけは例外だ。あれはどうやっても勝てないだろう。負けることもないとは思うが。


 俺の魔法の全力を知っている人物はこの南部にはいない。だから、俺の監視は幹部一人で事足りると思われているのだろうが、この部分に関しては少し甘いな。まあ、俺に対する信頼があるってことでもあるんだろうけど。名目上の監視って訳だ。


『回復役が槍を使ってくるっていうのは相手としては中々厄介だよな』

「私は魔法が得意ではないから、ある程度間合いが取れる武器で嫌がらせをするのが一番効果的かと思って」


 まあ実際正解だとは思う。


 回復役うぜーって思いながら近接で処理しようと近づくと、本人はリーチのある武器を巧みに使ってくるって面倒なことこの上ないだろう。


『ローゼの範囲回復ってどれくらいの範囲を網羅できるんだ?』

「聖気の消費を度外視で考えるのなら、この生活区画を丸々覆い尽くすくらいはできるわよ~。でもそうすると回復対象を選ぶことが難しくなるし、現実的には半径五メートルの範囲くらいかしらね」


 いや直径十メートルって範囲として破格すぎる気がするんですが。


 なんか、ローゼの件から幹部の戦力を客観的に分析していたら、意外と今度のパレードも乗り切れるような気がしてきた。


 というか、母性の塊みたいな外見のローゼが槍を扱うってかなりギャップがあっていいな。生で見てみたいほどである。


「別に私を中心とする必要はないけれどね」


 そんなことをウィンクしながら言う。可愛いけどさ、それかなり大事な情報だと思うんですけど。え、それって結構無法な能力だったりしない?


 そんなこんなで回復系の能力者同士、色々と話をしながら時間を潰すのであった。

 同じ回復系と言っても、本質はかなり異なっているので色々と気づかされることもあれば、こちらが気づきを与えるなんてこともあって結構有意義な時間だった。


 さて、明日の戦術訓練が楽しみであるな。まあ、今日のところは疲れて帰ってきたノアに晩飯をねだられるのが目に見えているので、俺はそろそろ夕飯の準備に取り掛かるとしましょう。

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