第28話 魔界調査3

 元俺の拠点での休憩も一段落したところで、俺たちは本来の任務である魔界における魔物の様子とユニーク個体の有無についての調査を再開した。


「これ以上奥に行くとなると危険だけど……」


 ジュリアはそう言うが、そもそも魔界に足を踏み入れていること自体が危険な行為なので、今更なのではないかと思う。


 奥に行けば行くほど領地との距離が広がり、逃げるための労力が増えると言われるとそれはそうなのだが、ぶっちゃけ変わらん。五十歩百歩である。


『魔界の奥に行けば行くほど魔物が強力になったりするのか?』


 奥に行くと危険であるとジュリアが言うのであれば、奥に行けば魔物の脅威度が上がるのかもしれない。

 そういう意図を込めて質問したのだが、帰ってきたのは肯定と否定が入り交じった複雑なものだった。


「奥に行けば行くほど危険になるなんて単純な構造はしていないけど、魔界の深くっていうのは人の手が入っていないってことだし、単純に魔物の数が増えるんだよ」


「戦場で数とは力だし、魔物は増えすぎると共食いならぬ同士討ちを始めるんだ。それで生き残った個体はやっぱり強い個体だしね」


 本能で人間を襲う魔物が同族同士で殺し合うという現象は俺は知らなかった。

 というか、増えすぎたら殺し合うってどういうことなのだろうか。

 一般的な生物なら自らの種を存続させるために殺し合うなんてことはしないと思うのだが。まあ、魔物に一般的な生物としての期待を寄せるのは間違っているのかもしれない。虫とかは共食いもするって言うし、魔物は虫と同じ次元で生きているのやもしれん。

 

「……なんか、魔物たちの雰囲気が変わってきたような気がする」


 俺が考え事をしていると、何かを察知したらしいノアがそのようなことを言う。


「そうですね。なんと言うか、こちらを窺っていると言うか……。先程までのレイさんという格上による怯えではなく、明確な敵意を持っている気がします」

『それってさ、誰かの統制下にあるってことじゃないの?』


 俺はジュリアの方に振り返り、彼女の意見を聞く姿勢に入る。


「恐らく、ユニーク個体でしょうね。ミスラさんが聞いたらため息つきそうだけど……。確率としては、八割と言ったところかな」

「そんなに?」

「うん、そんなに。そもそもこんな行動をする魔物なんていないから」


 ということは、やはりパレードの発生が現実味を帯びできたということだろうか。


「知性を持った個体はここら辺にはいないね」


 ジュリアが言う通り、ちゃんとした知性体は近くにはいないようだ。

 だが、ユニーク個体がいるだろうという事実は確認できた。


「統括から、道化師や終末の美にも注意するように言われています。彼らは複数人で活動するほどの協調性はないですし、流石に魔界にいるということはないでしょうが、ここは一度撤退しましょう」


 それがいいのかもしれない。

 単独で魔界を突破できる実力を持った道化師幹部と構成員一人一人が精鋭な終末の美。ユニーク個体の実在が濃厚となった今、ここはこの情報を持ち帰ることを優先すべきだ。


 この情報を持ち帰るべきであるという認識がチーム内で纏まった瞬間、遠巻きに俺たちを観察していた様々な種類の魔物が急に動き出した。


 口が三つに裂け、目が複数ある異形の狼、緑の肌に醜悪な顔をしたゴブリン。斑点模様に一角を携え、狂気を宿した馬のような魔物。伸縮自在の尻尾を持ったリスのような小型の魔物など。


 様々な魔物が一斉に動き出し、俺たちへと襲いかかってくる。


「くっ……!」


 急な戦闘の開始に焦りながらも能力を使用しようとしたノア、俺も例に漏れず自らの能力で魔物を弱体化、力量差によっては無条件での殺害を試みようとしたが、その努力はあっさりと他の要因によって無意味と化した。


 突如として魔物が同士討ちを始めたのだ。三体の魔物が俺たちに襲いかかって来ていた魔物に攻撃を仕掛けている。


 三体の魔物が同士討ちをしたと思ったら、また別の三体が同士討ちを始める。


 ジュリアの能力『幻惑』による効果だろう。同時に三体にしか幻覚を見せることができないという制約はあれど、瞬時に幻覚を見せる対象を入れ替え続けることで、数の利がある魔物たちでさえ完全な混乱の渦に巻き込まれてしまっている。能力の使い方が上手いと舌を巻くところだ。


「逃げるよ!」


 呆気に取られている俺の意識を戻そうとしたのかは定かでは無いが、大声で逃亡を促したジュリアにより俺たちはウィルの手が届く範囲に纏まった。


 数秒の間に俺たち全員がウィルの体へと触れると、それを確認したウィルは能力を発動した。


「僕の能力の範囲は視界に収められている場所に限ります。なので、もう数回移動をします。体調が悪くなったら言ってくださいね」


 ウィルによれば、急な景色の変化に乗り物酔いのような症状が出る人が稀にいるのだとか。


 それから数回に渡る瞬間移動を経て、俺たちは見慣れた場所へと戻ってくることができた。


 守護者による警戒地域が近づいてきたということで、俺はいつものように布に包まる。


 それから、壁内へと戻ることになったのだが、ジュリアは長く考え事をした末に、「少し気になることがある」と言って、一つの結論を出した。


「レイみたいに人の言語を理解し扱うことができる魔物なんてそうそういないだろうし、仮にいたとしても他の魔物がそれを理解できるとは思えない。だから、魔界に生息する魔物に意思疎通なんて不可能なのは自明の理」


 そう言ってジュリアはさらに続ける。


「普通、パレードは同一の種、或いは似通った種による連合によるもののはず。そうでないとたとえユニーク個体が現れたとしても、同じ生態をしていない多種多様な魔物の統率を取るのなんて極めて難しいはず。だけど、あたしたちが戦った魔物は別々の種だった。あの時はそういうこともあるかもって割り切っちゃったけど、今考えるとすごくおかしい……」


 確かに。例えどれだけ魔物に理性がなく、本能でしか行動できない化け物であり、強者に従うという自然の摂理に生きていたとしても、それだけで生態の異なる他種族を纏めることができるかと言われれば、俺はノーと答えるだろう。


 だと言うのに、あの場では様々な種類の魔物が入り交じり、俺たちを共通の敵として認識し、襲いかかってきた。


 ジュリアの気づきに結論を求めたノアが問う。


「つまりどういうこと?」


 それに対するジュリアのアンサーは。


「恐らくいるでしょうね。"道化師"『狂気のカリスマ』フィーネが」


 道化師か。俺の原作知識が全く役に立たなくなる事案が出てきてしまった。いやまあ今まで役に立った原作知識なんてたかが知れているのだが、まだ原作が開始していないから許して欲しい。というかバタフライエフェクトが起こっている可能性もあるし。


「じゃあ、この件はパレードの発生じゃなくてその道化師って奴の仕業ってこと?」

「いや、フィーネの能力は『カリスマ』だけど、魔物を統率するのは同種の魔物でないといけないはず。だから、ある程度知性を持ってしまったユニーク個体がフィーネを上位者だと認識し、従っているんだと思う。つまり、フィーネの下にユニーク個体の魔物が従っていて、その下に普通の魔物が従っているって形が自然かも」


 間接的に魔物を支配下に置いているというわけか。


「そんなことできるの?」

「……分からない。魔物が人間の言うことを聞くなんて有り得ないから、能力によるものだと思うけど」


 ノアの疑問に、ジュリアもあまり自信が無いようだ。そもそも、彼女は道化師と直接会ったことがないと言うから、ここでは推測の域を出ないと言う。


「まあ兎も角、ここで結論を出すには早い。まずは幹部の方々と統括の意見を伺うのが先かと」


 ウィルの提言にジュリアとノアが頷いたことにより、この件は一度持ち帰ってからまた議論するということで落ち着いた。

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