第24話 帝国辺境伯領の壊滅

 リベラート視点

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 巡守隊方がやってきた。その知らせを聞いた時点で嫌な予感はしていた。


 通常、巡守隊が護衛対象が不在であるにも関わらず各領を巡る理由は、重要な情報を王国各地へと伝えるためであることが多い。

 王都で何かが起こった、他国の動きがきな臭い、など王国に関わる重要な情報を我々へと伝えるのだ。


 こんな情勢となった現在、他国絡みの話は多くない。自国の防衛で精一杯だと言うのに、かつての仮想敵国が宣戦布告してくる可能性は、常識的に考えて限りなくゼロに近いと言える。


 それに、わざわざ俺に会いに来る理由を考えると魔物絡み、ないしは戦力が必要な要件であることが推察できる。


「はぁ……。面倒なことになりそう……」


 面倒事が苦手なミスラがため息を吐いている。


 白い髪を膝下まで伸ばし、前髪で片目が隠れている。その色素の薄さから儚げな美人の印象を受けるミスラだが、その実散髪が面倒になっているだけなのだ。


 彼女はそんな性格であるから、自分が当番である日に巡守隊がやってきたことが不服なのだろう。


 隠すつもりもないようで、気だるげなオーラをこれでもかと言うほど撒き散らしている。

 いつもの事だと言ってしまえばいつもの事なんだけれど。


 司令部の客室で待ってもらっていると言うことなので、ミスラと共に足を踏み入れた。

 そこにいたのは五名の隊員で、いずれも男性。これまでに数度面識がある為、そこまで緊張感のある雰囲気にはならなかった。


「こんばんは。すみません、こんな時間に」

「いえ、お気になさらず。それで、どうされましたか?」


 アイスブレイクなど挟まずにいきなり本題に入らせてもらう。態々アイスブレイクなんてする必要がない間柄であるという理由もあるが、そもそも巡守隊の人がこんな時間にやってくると言うこと自体が急を要する可能性があるのだ。


「それがですね、帝国のグランドル辺境伯領が壊滅しました」


 巡守隊の一人が言ったその言葉に俺だけでなく後ろで控えていたミスラも息を呑んだ。

 このイグナー王国から見て東に隣接する国であり、この世界でも多大な影響力を持っていた大国である。ノース領自体がかつて辺境伯として帝国との外交を行っていたという歴史がある為、俺でもその名は知っている。


 現在の世界情勢では国境などあってないようなものであり、他国のことなど気にしていられない状況であるが、俺は把握している。グランドル辺境伯領。このノース領とは隣接していない地域ではあるが、特別遠いわけでもない。


「それは、確かな情報筋なんですか?」

「ええ。実際に帝国からの亡命者が数名確認されています」


 帝国とて二十年前は世界を征服できると謳われたほどの超大国。戦力だって俺たちよりも有しているはずなのだ。

 帝国そのものが滅んだわけではないが、辺境という防衛に力を入れているはずの地域が壊滅したというのは俺たちにとっても他人事とは言えない。


「何故です?この十数年間、帝国貴族の直轄領が魔物の侵略で被害を出したことなどほとんどなかったはず。だというのに壊滅と言うのは何か裏があるとしか思えませんが」

「……そうですね。そう思われるのは当然です。そして、その推察は正しい。『パレード』の発生と同時期に要注意団体『道化師』『終末の美』が協力し、グランドル辺境伯領を壊滅させたようです」


 巡守隊の方から齎された情報に、俺は天を仰ぎ、ミスラは最早苛立っている。それもそうだろう。彼女が忌み嫌う面倒ごとがやってきたのだ。それも一つ一つが弩級の厄介ごとだというのに、それが一気に三つ。


 まず『パレード』であるが、これは別に大した問題ではない。いや、問題と言えば問題なのだが、あとの二つに比べればまだかわいいものだ。


 パレードと言うのはある程度知性を持ったユニーク個体の魔物が他の魔物を統率して人間社会を襲う現象のことを言う。明確に領地を狙うが、今まで何度かパレードに対処してきたノウハウがある為、そこまでの脅威ではないのだ。


 知性がある魔物とは言ったが、流石にレイほどではない。精々犬や猿くらいのものだ。

 レイと同等の知性体を頭としたパレードなど考えたくもない。もしそうなった場合は、脅威度としては後の二つ以上になる可能性すらある。


 帝国でパレードが発生したと言うことは、こちらでも起こる確率がそれなりにあり、警戒を怠らないように守護者たちに注意しておく必要があるだろう。


 問題は要注意団体『道化師』と『終末の美』だ。


 前者は極めて刹那主義で快楽主義的な奴らによる集まりで、教祖である“イックス”が提唱した『いつ死ぬか分からない世の中なのだから好きなように生きるべきである』という思想の下に活動している。


 その思想はこのノース領でもある程度広まってしまってはいるものの、大半は自身の欲を解放させるときの言い訳にしている程度で、酒やギャンブルの免罪符となっている側面が強い。それに、この思想が『道化師』によるものだという認識も市民の間では薄い。


 しかし、道化師の幹部やイックス本人の行動原理は『楽しいかどうか』が全てであり、そして彼らの倫理観は箍が外れてしまっているため、非常に危険だ。

 かつて、実際に存在した小国を彼らによって滅ぼされたという記録すら残っている程である。


 次に『終末の美』。終末賛美なるモットーを掲げ、構成員それぞれが納得する“終わり”を目指している。

 人類の滅亡、自身の死など、終末を求めている頭のおかしい連中だ。だが、そんな組織は二十年前は存在しなかったようなので、魔物の活動が活発となり終末世界となってしまったこの世に絶望したが故の行動なのではないかと、一部では言われていたりする。


 パレードと同時にこの二つの組織が動くなど帝国にとっては悪夢以外の何物でもなかったことだろう。


 とは言え、隣の国でそんなことがあった事実は俺たちにとっても他人事ではない。

 道化師と終末の美は国に関係なく活動するような奴らだ。幹部にもなると、魔界を単独で突破できるだけの実力者が揃っている。


 こちらに来る可能性もゼロではないし、既に潜んでいる可能性もゼロではない。


 ふと後ろの気配に意識を向けると、怒気を孕ませたオーラが漂っているのが感じ取れた。


 なんにせよ、厄介ごとであることは変わりない。


 まずは、パレード発生の可能性に備えて準備しておく必要がありそうだ。


 

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