第23話 巡守隊

「そろそろここらへんで止めておこうか。もういい時間だしね」


 どれだけ長い間文字を習っていたのか、数えていないので分からないが日も落ちそうになっている。


 リベラートは熱意を持って取り組むノアを見て、ここまで食い付きがいいとは思わなかったのか、苦笑いを浮かべている。


 リベラートの一言で顔を上げた面々は、彼に同調して解散しようという雰囲気を漂わせるも、突如としてリリアが口を開いた。


「レイ、隠れて」


 突然の警告に驚きつつも、未来視を持っているリリアからの警告だ。意味が無い訳が無い。


 俺は素直に従い、近くのデスクの下へと潜り込む。


 その後すぐに部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 とリベラート。


 一拍置いて入ってきたのは誰だろうか。俺からでは見ることが出来ない。


 少々名残惜しさもあるが、俺の存在がここでバレる訳にはいかないため、泣く泣く隠れたまま息を潜める。


「失礼。……あら、リリアもいるのね。それと、新しく入ってきた新人の子」


 部屋に入ってきた人の声は、気だるげな女の人と言う感じだった。偏見になってしまうがタバコとか吸いそうな感じである。


「やあ、ミスラ。どうしたんだいこんな時間に」


 ミスラと呼ばれた女性は、リベラートにそう言われ「ああ」と一呼吸おいてから本題に入った。


「巡守隊の方がやってきたの。それも、キャラバンを連れずに隊の人間だけでね」

「……巡守隊が?」

「ええ。話を聞いた感じ、帝国絡みらしいわ。……面倒なことになりそうね」

「とりあえず俺も向かおう。案内を頼むよ」

「もちろん」


 そう言って、ミスラと呼ばれた女性と共にリベラートは部屋を後にした音がする。


「……もう出てきていいわよ」


 数拍後にリリアからの許可が出たので俺は隠れる必要がなくなった。リベラートが愛用しているデスクから抜け出し、ノアとリリアと目を合わせる。


『さっきミスラって人が言っていたじゅんしゅたい?ってのはなんなんだ?』


 原作でそんな組織が出てきていただろうか。続編で出てくる組織なのか、それとも本編とは一切関係のない組織なのか、はたまた俺が忘れているだけか。


 そんな俺の疑問にリリアはすぐに答えてくれた。


「巡守隊。巡って守るって書いて巡守ね。このイグナー王国の各都市を繋ぐ道、通称『王国の血管』を通る人々を守るのが仕事の能力者組織のことよ」


 その情報は俺にとっても初耳だった。

 てっきり完全に領地は孤立している物かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 だが、道が通っているにしては外部からの人の出入りが少なすぎる気もする。


『都市間で道は通ってるのか。それにしては人の出入りが閑散としてないか?』

「それはそうよ。王国の血管なんて大仰な呼び方をしているけれど、実態は単なる舗装された道でしかない。トンネルみたいに四方八方を壁で囲まれているわけじゃないから、魔物に襲われ放題だし」

『魔物から襲われない構造にはできなかったのか?』

「無理ね。王国の血管ができたのは魔物の脅威が明確になってから。各領地が完全に孤立するのはまずいって考えた権力者が、多大な犠牲の上で何とか作り上げた道よ。魔物に襲われながら地面を均して、その上壁まで作るなんてできるわけない」


 なるほどな。完全に孤立するのは心細い上に、何かあった時のために対処する保険としての意味合いが強いのだろう。とは言え、魔物の脅威は健在であり、常日頃から利用できるような道ではないと。


「魔法を使って壁を作れたりしないの?」


 俺たちの会話を一部聞いていたノアが至極真っ当な疑問をぶつけるが、それは難しいと思う。横を見ればリリアも少々首を斜めに傾けていたので、俺と同じ結論に至っているようだ。


「難しいわ。魔法で壁を作りたいなら、常に魔力を流し続けて形を維持し続ける必要があるの。二十四時間交代制で魔力を流す仕事があれば別かもしれないけど……、そもそもそんな大規模の魔法を行使するのが難しいわね」

『魔法っていうのは思っている程便利なものでもないのかもしれないな』

「アンタが言うと説得力がないわね……」


 魔法の不便なところはそこだろう。


 魔法で生み出した物質、操った物質をその形のまま維持するには魔力を常に流す必要がある。攻撃手段に使うために物質化した魔法は、常に形を維持しなくても、相手に攻撃を当てられる事さえできれば良いから攻撃手段としては重宝するが。


 俺はまあ、音を振動させるだけなら振動させるためにその時だけ魔力を流せばいいし、文字を浮かべるのも常時という訳でもないから、物は使いようと言うことだ。


『空中に文字を浮かべるのも、それなりに魔力を消費するんだよな』

「…………でもレイって魔物だから魔力切れって無くない?」


 まだ覚えたての文字をじっくり時間を掛けて読んだノアは、そんなことを言い出した。


「確かにそうね。そこのところどうなの?」

『一度に回復できる上限はある。一気に魔素を取り込んで全回復。みたいな真似は出来ないかな』

「ふーん」

『でもまあ、基本的に消費量より回復量の方が僅かに多いよ。魔法を使ったら消費量の方に天秤が傾くって感じ。だとしても魔力切れには遠いけど』


 例えるのならば、ソシャゲでよくあるスタミナゲージ。あれが上限以上に回復している状態が常であり、そこから魔法を使うことで減るけれど、上限以上であることには変わりないみたいな。


「レイ、文字消すの早い。私が読めないじゃん」


 ノアに怒られた。


 リリアの反応が早かったからつい。


『ごめん。気を付けるよ』

「ならいいよ。私はまだ文字を覚えきれていないんだから私にも気を遣ってね?」

『はい。肝に銘じます……』



 ーーーーーーーーーーーー

 Tips:魔力、魔素

 基本的に何も違いはない。ただ、空気中にあるときは魔素。生き物の体内にあるときは魔力と区別する。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る